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2007年6月 9日 (土)

山の辺の道ポタリング 2007.02.24

年月日/2007年2月24日

バイク/VooDoo HooDoo MTB (Hard Tail)

目的/奈良県の山の辺の道の南半分をノンビリ巡る。

ポイント/①北山の辺の道も進むか否かは時刻と相談して判断する,②往きは輪行で、帰りは時刻並びに体力と相談して自走するか輪行するか決める,③途中で山の辺の道から離れてR山に登ってみる,④花粉症対策としてマスク着用。

内容/

(本記事に登場する山はMTBの侵入は禁止ではないと思われますが、ネット上でMTB走行の記事が見当たらないことを含めて、山の保護のためにネット検索でかからないよう、あからさまな名称記載は避けました。)

近畿の2月24日(土曜日)の天気は概ね晴れ。気温は低いものの花粉の飛散量は「多い~非常に多い」との情報。
しかしながらサイクリングに出かけることにした。先々週末の三連休の土曜日に、右足の薬指をテーブルの脚に激しくぶつけて強烈に突き指し(医者に行ってないので自己診断だが)、連休は歩くのも辛くてサイクリングも中止(今もまだちょっと痛い)。先週は雨でサイクリング中止。今週末乗らないと4週間も乗らないことになるので、花粉が飛んでいようが出掛ける。

場所・コースは奈良県大和の地にはしる「山の辺の道」。
大和は小高い山に囲まれているが、山の辺の道はその山麓の東を南北に走る古道。平城京と飛鳥を結ぶ、日本最古の官道といわれている。
残念ながら当時の「山の辺の道」を現代では完全に辿ることが無理な状況になっているらしいが、天理市~桜井市間の「南山の辺の道」はよく整備されていて、ウォーキングの定番コースにもなっている。僕も5~6年ぐらい前にハイクで桜井~天理間の「南山の辺の道」を歩いたことがある。この日は自転車で、沿道に点在する見所スポットをノンビリとポタリングしながら回るつもり。

ポタリングしたいことと、ダートが多いことでロードバイクだと厳しい。したがってMTBで行きたい。
しかしMTBで大阪の自宅から天理・桜井までの間を往復自走するとかなり疲れるし、時間的にも余裕が無くてノンビリ巡ることは出来そうに無い。ゆえに輪行することにした。
MTBで輪行するとなると「VooDoo(ブゥードゥー) HooDoo」の出番。「山の辺の道」の寺社を「ブゥードゥー教」の名前を冠した自転車で回るのもいかがなものかと思ったりもするが・・・。

計画としては、桜井市側から天理市側へ北上するパターン。メインは「南山の辺の道」のポタリングだが、時間に余裕が有れば天理市から奈良市の白毫寺(この寺が「山の辺の道」の北端らしい)の間の「北山の辺の道」まで延長するつもり。加えて、(往きは輪行だが)帰りは時刻並びに体力と相談して大阪まで自走するか輪行するか決める。
それから、「山の辺の道」の途中にR山への登山往復道が有るのでMTBで行ってみることにした。ただ事前の情報収集で、ネット上ではR山のMTB走行の記事がひっかからなかったこと、登山のガイドブックを見るとMTB走行が出来そうな登山道ではない感じがすることから、乗って走るのは無理かもしれない。

あと、この日の奈良県の花粉飛散状況は「非常に多い」とのこと。花粉症持ちにとっては自殺行為なサイクリングと登山であるが、マスクをしていくことにした。

自宅を6:00ちょい過ぎに出発。
最寄の地下鉄駅でMTBを輪行袋にパッキング。電車を乗り継いで鶴橋駅に到着。そこから近鉄線で一気に東進、奈良県の桜井駅に到着。時刻は8:00ちょい前。
MTBを組み立てて8:15頃出発。

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山の辺の道の始まり。

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桜井の街から離れて大和川を渡る。

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海拓榴市(つばいち)地区に到着(ここの云われは下の写真を参照)。

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ここには「海拓榴市観音」が有る。

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道端にある句碑には、作者不詳だが「紫は灰さすものぞ海拓榴市の 八十のちまたにあへる子や誰」と刻まれている。

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この付近の集落は静か。白壁が情緒有りますな。

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小路を進むと「金屋の石仏」に到着。

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収蔵庫の中に高さ2.14m、幅83.5cmの2枚の泥板岩が有り、釈迦如来(右)と弥勒菩薩(左)が彫られている。

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更に先に進む。

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石畳になったり、ダートになったり、といい雰囲気の道が続く。MTBにして良かった。

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ノンビリと小路を進む。
暫くすると「平等寺」に到着。

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正式には「三輪山平等寺」。

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あとで行く「大神神社」の神宮寺であり、鎌倉時代には本堂、護摩堂、御影堂、一切経堂、開山堂、赤門、鐘楼堂のほか12坊舎の大伽藍を有し、由緒ある名刹・大寺であった。
しかし明治の廃仏毀釈で一旦廃寺になり、1878年(明治11年)に大阪の「翠松庵」を移して再興された。現在は曹洞宗。

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本堂(上の写真)は昭和57年の造りで新しい。本尊は十一面観世音菩薩(秘仏)。
↓「二重塔(釈迦堂)」。

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↓「不動堂」。

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時刻は9:00頃。「平等寺」をあとにして先に進む。
程なくして「大神(おおみわ)神社」に到着。

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正面の鳥居の前でハイカーさんグループが準備運動してますな。

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参道(上の写真)、石段(下の写真の左)を登る。

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↓「拝殿」(下の写真)。

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立派な拝殿は1664年(寛文4年)に徳川家綱の再建によるもの。重要文化財に指定されている。まるで本殿のようだが、ご神体は背後の三輪山そのものなので本殿は無い。
三輪山は大国主命が魂を留めたという言い伝えのある山で、標高467m。
参拝者の中には酒造業者が多いらしい。酒の神とあがめられているようだ。
境内に「巳の神杉」と呼ばれる杉の大木が有る(下の写真)。

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高過ぎて、写真に全部に入りきらない・・・。

「大神神社」をあとにして「若宮社」(下の写真)をスルー。

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神社の脇の道端にあるご神木がすごい・・・。

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少し坂を上がって「狭井(さい)神社」に到着(下の写真)。

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神武天皇の皇后媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)の里と伝わる地にある大神神社の摂社。

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桧皮葺の社殿がいいですな(下の写真)。

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ここから三輪山への登山道が伸びているとのこと(山頂まで約2時間)。ただし神域のため写真は禁止。もちろんMTBなどとんでもないので今日は登らない。
境内には"清明"と記した三島由紀夫の石碑がある(下の写真)。

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説明書きによれば、昭和41年にここを訪れ、社務所に三泊、その間に三輪山にも登ったという。 この時の体験が小説の中に取り入れられているようで、それが「豊饒の海」第二巻「奔馬」だということ(僕は読んでいません・・・恥ずかしい)。

まだまだ歴史の道は序盤。先に進む。

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民家や田畑の間を抜けていく。ダートや石畳が殆ど。

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途中で三輪山も見える(下の写真)。

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道の脇には歌碑が多い。下の写真は「額田王と井戸王の歌碑」。

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『額田王、近江国に下る時に作る歌、井戸王の即ち和(こた)ふる歌』
『味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山のまに い隠るまで 道の隈 い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや』
『反歌』
『三輪山を然(しか)も隠すか雲だにも 心あらなも 隠さふべしや』
と刻まれている。
意味は「三輪の山よ。奈良山の山の間に隠れてしまうまで、道の多くの曲り角ごとに、よくよく見て行こうと思う、しばしば眺めやろうと思う。その山を、無情にも雲が繰り返し繰り返し隠してよいものであろうか」
味酒(うまさけ)は三輪にかかる枕詞らしい  (ミワというのは神酒やそれを醸造する瓶(かめ)の古称)。

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ノンビリと田園風景を楽しみながら走る。

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里山って感じ。

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梅も咲いてます。

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暫くすると白壁が見えてきた。

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玄賓庵(げんびあん)」に到着。

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静かな境内です。

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境内のすぐ外に水が湧き出ていて、そこにも歌碑。作者は高市皇子

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『山吹きの 立ちしげみたる 山清水 酌みに行かめど 道の知らなく』
(十市皇女の葬ってある墓地のあたりには、黄色い山吹に取り囲まれた山の清水がある。それを汲むために、皇女の御霊は通っておられるだろう。行って逢いたいなと思うが、その道を知らないのでどうすることもできない。)
高市皇子が、死んだ想い人の十市皇女のことを想って歌ったもの。

また暫くダートを進む。

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結構山道っぽい。

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途中に無人販売所が点在している。下の写真のみかんの場合一袋100円と書かれていた。

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桧原(ひばら)神社」に到着(下の写真)。

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桧原神社も大神神社の摂社。拝殿も本殿も無く、ご神体の三輪山に向かって三ツ鳥居が建っているだけ(下の写真)。

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まだまだ歴史と田園風景の中を走っていく。
この辺りは「青垣」と呼ばれている。
『大和の国はまほろば たたなづく青垣 山ごもれる大和し美わし(うるわし)』
と古事記にうたわれている。

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奈良盆地は遠くに見える生駒山地や矢田丘陵、すぐ手前の景行天皇陵(この後向かう)、さらに右手に巻向(まきむく)、三輪の山々など幾重にも緑の山に囲まれたようになっている。

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この環境を守るため、この辺りは「大和青垣国定公園」に指定されている。

暫くすると再び高市皇子の歌碑(下の写真)に出遭う。

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『神山の山邊真蘇木綿みじか木綿かくのみ故に長くと思ひき』
(三輪山の山のあたりにある真麻の木綿は短いものだ。そのように十市皇女の命も短いものであったのに、何としたことか、私はいつまでも長くつづく命だとばかり思っていた。)

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ダートから舗装路に変わり、しばらくすると「相撲神社」に到着(下の写真)。

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土俵の跡かと思えるところも有った。
約2000年前の垂仁天皇の頃、大兵主神社神域の小字カタヤケシにおいて、野見宿彌(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや)が日本最初の勅命天覧相撲を行った。これが日本の国技である相撲のはじまりとされているとのこと。ちなみに勝ったのは野見宿彌。

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境内の歌碑(上の写真)には柿本人麻呂の歌碑。
『巻向の 桧原も未だ 雲いねば 小松が末ゆ 淡雪流る』 
(巻向の桧の原にもまだ雲がかかっていないのに松の枝先を沫(泡)雪が流れるように降っている。)

「相撲神社」から緩い登り坂を登ると「穴師坐兵頭(あなしにいますひょうず)神社」に到着(下の写真)。

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祭神が一応案内板に書かれているが、それがいったいどういう神なのか謎のままらしい。
社殿は立派ですな。

「穴師坐兵頭神社」から少し引き返して再び田園風景の間を走る。

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のどかでいいですな。

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雲も見えるが冬晴れの空が気持ちいい。

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しばらくして「景行天皇陵」(下の写真)。
景行天皇は、71~131年在位の第12代の天皇。古墳は全長約300mの前方後円墳。一部に堀も残っている。

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田園風景に歌碑。

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『二た凌に一人の衛士やほととぎす』
その二た凌は「景行天皇陵」と、この先に有る「崇神天皇陵」(下の写真)のことだろうか?

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崇神天皇は紀元前97~29年在位の第10代天皇。
古墳は全長約240mの前方後円墳。

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美しい堀がしっかりと残っている。全体を写真の枠におさめきれない。

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古墳をスルーし(上の写真)、やがて「長岳寺」に到着(下の写真)。

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山号は「釜ノ口山」。宗派は高野山真言宗。
824年(天長元年)淳和天皇の勅願で弘法大師が開山。大和大明神の神宮寺として栄え、かつては48坊も有った大寺だった。戦火で焼け、明治の廃仏毀釈で縮小された。
正面に平安時代の「楼鐘門」(下の写真)。重要文化財。

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門をくぐると左手に「本堂」(下の写真)。中を拝観出来るが写真撮影はNG。

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本尊は阿弥陀三尊像。両脇に多聞天、増長天を置く。藤原時代のいい仏像でした。

本堂の縁側の天井は「血天井」(下の写真)。足跡が有る。

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戦国時代に長岳寺の東にいた大和の豪族十市氏が松永弾正に攻められ、長岳寺境内でも戦闘。斬られた十市氏方の武将が血だらけになって本堂に逃げ込み息絶えたとのこと。その武将の血の足跡がついた縁側の床を天井に張り替えたものらしい。

境内はきれいで落ち着いてますな(下の写真)。

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↓「大師堂」。

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境内東の階段を上がると「弥勒大石棺仏」。

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「長岳寺」をあとにして、しばらくしてから一旦、山の辺の道から離れる。
時刻は11:30頃。
これから山の辺の道の東にあるR山に登ってみる。

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まずは舗装路の登坂を登っていく(上の写真)。
R山にMTBを乗れる所が有るかどうか分からないが・・・。事前情報では難しそうな雰囲気・・・。
暫くすると舗装路からダートに変わる。
こんな路面が続けば嬉しいが、そうはならないだろう。

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案の定、丸太階段の登り(下の写真)。MTBを担いで上がる。

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丸太階段もしくは岩場の登りがずーーっと続く。
MTBに乗るなんてとても出来るような道ではない。
U字の溝状の狭い登山道で、ハイカーさんが来たらすれ違うのも一苦労だろう。

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MTBを担いだり押したり汗だく状態。
まわりは杉の木だらけ。とりあえず花粉症の症状は出ていないが・・・。
途中でベンチが有った。

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この先はフラットな尾根道か?乗れるか・・・?

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と思ったら、すぐにまた岩場や丸太階段の登りが続く。
途中で「石不動」に出遭う。

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マスクが吐く息でびっしょり。まだ続くのか~~。

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ようやく尾根道(下の写真)。これなら乗れる。

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尾根道を乗って走る。

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あ~楽だ~・・・と思ったら、また丸太階段(下の写真)。
乗って走るとあっという間に楽しみが終わっちゃいますな。

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またMTBを担いで丸太階段を登る。
すると展望が開ける舗装林道に出た。

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三輪山の山麓方面、桜井市の平野部分の景色が見える。

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R山山頂へは幾つかのルートが有るが、山の辺の道から最短で登る(今回登ってきた)急なルート以外に、別の方角から国道や県道そして林道で徐々に登る舗装路ルートが有る。
今回は「山の辺の道」がメイン・テーマなので、「山の辺の道」から外れ過ぎる舗装路ルートは却下した。それにMTBで舗装路・・・ってなんかな~って感じだし。
山頂近くまではこの舗装林道(下の写真)でちょっと登る。

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すぐに舗装路は終わって山頂まではまたダート。

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途中で見える大和平野の眺望がいい。

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田畑と集落・街が広がってますな。

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山頂までもう一息の丸太階段(下の写真)。

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階段を登り、R山山頂に到着(下の写真)。

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標高585.7m。
時刻は13:00ちょい前・・・・約1時間半かかった。
先客でハイカーのおじさんが一人いらっしゃって、ご挨拶。
山頂からはいい眺め。奈良盆地,大和平野が広がっています。

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上の写真の遠くの山々は、金剛、葛城、二上山だろう。
下の写真の遠くの山々は、生駒・矢田丘陵方面だろう。

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山頂の様子(下の写真)。

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ベンチに腰掛けて、桜井駅で買った草餅を食べながら休憩。
10分後そそくさと下山開始。

下山ルートは、再び「山の辺の道」に復帰したいので、行きと同じ登山道を降りることにした。
つまり、下りとはいえ殆ど乗れないということ。
舗装路で降りれば乗れ乗れで楽チンだろうが、山の辺の道から外れ過ぎて、戻ってもなんかしっくりしない。さらに別の林道や登山道も有るが、これらも山の辺の道から外れ過ぎる。

長くて急な丸太階段や岩場を降りていく。また担ぎと押し歩き。
でも、行きよりはわずかに乗れる所が増えた。丸太階段と岩場でさえなければ乗れる(ホントにちょっとの距離だが)。
地球の重力のおかげで、帰りは1時間かからずに登山道から出た(下の写真)。

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結局、「山の辺の道」から直接にR山へ登る最短ルートは、MTBの殆ど乗れないルートだった。
とにかく乗りたいのなら舗装路ルートかな?あと、他にも幾つかダートの登山ルートが有るようだが、それはまたいずれ・・・。
でもまあ、きつかったが山登りという意味では楽しかった。景色も良かったし。

時刻は14:00ちょい過ぎ。再び「山の辺の道」に戻ってサイクリングを続ける。
R山から「山の辺の道」に復活。
暫くして柿本人麻呂の歌碑。

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『衾道を引手の山に妹を置きて山路を行けば生けりともなし』
(引手の山に妻の屍を葬っておいて山路を帰ってくると悲しくて生きた心地もしない。)
柿本人麻呂は妻をこの付近に住まわせていたのだが、その妻が亡くなって山に葬り、帰ってくるときの気持ちを詠んだ歌だろう。

まだまだ田園風景の道を走る。

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「竹之内環濠集落」を抜けて(ここは見所だったのだが、いい構図の写真を撮るのに失敗)、やがて「夜都岐神社」に到着(下の写真)。

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鳥居のそばに歌碑が有る。

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『山の辺の道ははるけく野路の上に 乙木の鳥居 朱(あけ)に立つ見ゆ』
作者は日本画家の広瀬東畝。数十年前の最近の歌らしい。
このように、山の辺の道には万葉歌碑だけではなく、現代もしくは近代の歌も歌碑として点在している。例えば有名どころでは、武者小路実篤、川端康成・・・等々。
彼らは万葉歌碑の書にも筆をとっている。ほかに筆をとったのは、東山魁夷、棟方志功、小林秀雄、今東光等々。

「夜都岐神社」は春日大社の4神をまつっている。古くは水の神をまつっていたらしい。
拝殿(下の写真)の茅葺屋根がいい。本殿は見逃してしまった・・・どこに有ったのだろう(残念)。

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「夜都岐神社」からまたダート。
綺麗な梅の木の下に歌碑(下の写真)。

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十市遠忠(とおいちとうただ)の歌
『月待て 嶺こへけりと聞こままに あはれよふかき はつかりの 聲』

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十市遠忠は戦国時代のこの付近の豪族。遠忠は武人のみならず歌人として公家とも交際し、その名を馳せた。

暫くダートが続く。ダブルトラックって感じ。

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途中で松尾芭蕉の句碑に遭う(下の写真)。

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案内板に句碑の解説(下の写真)。

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やがて「石神(いそのかみ)神宮」に到着(下の写真)。
ここが散策コースの整った定番的な「南山の辺の道」の北端といえる。

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車輌進入禁止だが、自転車は「降りて押すのなら可」。降りてMTBと共に参拝。

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なぜか鶏が何羽も境内にいた。
「楼門」(下の写真)は1318年(文保2年)に建立。重要文化財指定。

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門をくぐると正面に「拝殿」(下の写真)。国宝指定。

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「石神神宮」は、神武天皇が即位した紀元前660年、東征の際に持っていった神剣の御魂・布都御魂大神を宮中に祀ったのが草創。日本最古の神社。
祟神天皇7年(紀元前91年)に現在の地に移され、拝殿は1081年(永保元年)に白河天皇が宮中の神嘉殿を移したものとのこと。

「石神神宮」で時刻は15:30。
山の辺の道の北半分がこの先も続いて、弘仁寺→帯解寺→円照寺→正暦寺→北端の白毫寺と辿るのだが、山の辺の道の旧道がはっきりしていない箇所が有って、代わりに交通量の多い所を走ることになりそう。ノンビリ・ポタリングって感じではない。時刻的にも厳しいかも。
さらにそのあとの帰りのことも考えると、なんとなくもう面倒くさくて、天理駅から輪行することにした(実はデジカメの空きメモリとバッテリーが無くなってしまったのが大きな要因だが)。

近鉄天理駅まで走って15:45に駅に到着。

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070224ride6_19 輪行袋にMTBをパッキング。近鉄線に乗って大阪まで帰る(上の写真の右)。
列車を乗り継ぎ、最寄りの地下鉄駅に到着してMTBを組み立てる。
ちょっとだけ走って18:00過ぎに自宅に到着。

この日は「山の辺の道」の多くの歴史的なスポットや田園風景の中をノンビリとサイクリング出来て大満足。
この記事で紹介出来なかった、見逃してしまったスポットも有る。特に歌碑はハイクでないと見逃しやすい。記事にした歌碑は一部だけで、もっとたくさん点在している。

路面的にはMTBで走って正解。ロードだったらきつい所も多い。
そのMTBだが、おまけのサブテーマのつもりで付けたR山登山では殆ど乗れず、担ぎと押し歩きばかりで疲れた。乗りたいのなら別ルートだな。
でも、いい景色を眺められたし、ハイクで登山したと思えばそれはそれで楽しかった。

この日はノンビリ気分の楽しいサイクリングだった。

コース概略/自宅→地下鉄○○線△△駅~(輪行)~鶴橋駅・近鉄線~(輪行)~桜井駅→山の辺の道(海拓榴市観音→金屋の石仏→平等寺→大神神社→若宮社→狭井神社→玄賓庵→桧原神社→相撲神社→穴師坐兵頭神社→景行天皇陵→崇神天皇陵→長岳寺)→R山→山の辺の道(竹之内環濠集落→夜都岐神社→永久寺跡→芭蕉句碑→石神神社)→県道51→国道25→近鉄線・天理駅~(輪行)~西大寺駅~(輪行)~日本橋駅・地下鉄□□線~(輪行)~△△駅→自宅

走行距離/27.43km(山で担ぎ部分が多く参考にならず)
走行時間/3hr16min(山で担ぎ部分が多く参考にならず)
平均速度/8.40km/hr(山で押し歩きのため参考にならず・・・過去最遅・・・普通に走ったら有り得ない)
最高速度/記録エラー
VooDoo MTB(Hard Tail)積算距離/165km
全Bike積算距離/9397km

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» 日めくり万葉集 [カツラの葉っぱ 大好き!]
BSで日めくり万葉集が始まったようですね。 我が家は映らないが、なかなかいい企画だと思います。 [続きを読む]

受信: 2008年4月 4日 (金) 21時07分