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2007年6月23日 (土)

想い出インコ

このブログの開設時に、今一緒に暮らしているセキセイインコ達のプロフィールを載せましたが、その時に、僕がずっと昔、もう20年くらい前にもセキセイインコを飼っていたことを書きました。

その頃のインコ達が皆☆になって、10年近くセキセイインコと暮らしていませんでしたが、昔を想い出し(ペットロス症候群かも知れないけど)、今のインコ達と暮らすに至っています。

昔一緒に暮らしていたインコ達を紹介しておこうと思います。
ただ、まともな写真が有りません。
当時、勿論デジカメは世に存在していないし(パソコン自体まだまだ普及していなかった)、僕も家族の誰も写真・カメラに全く興味が無く、家にカメラは有りませんでした。たまに使い捨てのカメラが転がっていて、しかも上手く撮ろうなんて努力をしませんでした。
インコ達の写真を撮ろうという発想すら全く有りませんでした。
そういうわけで悲しいことに写真は殆ど有りません。
横浜の実家から大阪に出てくる時に持ってきたアルバムの中に偶然放り込んで有った写真を見つけ、それをスキャンして取り込みましたが、元々がひどい写りなので、とても見られたものではありません。
でも、いちおう写真もup。

では、先ず一羽目。

Chup

チャップ(Chup)
オパーリン・スカイブルー
男の子
1984年1月14日~1988年8月15日☆

当時僕は高校3年生。寒い冬の日に、母が窓を開けると庭の枯れた芝の上に青い鳥を発見。共通一次試験初日で3年生だけ特別に全員休みでしたが、僕は試験を受けなかったから家に居ました。母が「なんか青い鳥がいるよ」と僕を呼びました。僕が顔を出すと、目が合って、その青い鳥は飛んできて、僕の頭の上にのっかりました。そのまま僕は首を引っ込めて、母が急いで窓を閉めました。こうして迷い鳥からわが家の最初のセキセイインコになりました。
チャップは人にたいへん慣れていた。前の飼い主が上手く育てたのでしょう(逃げ出した時、凄くショックだったでしょうね)。直ぐに手にのり、頭にのり、顔を籠に近づけると必ず寄ってきました。放鳥して一緒に遊べました。なによりも人の言葉をたくさん覚えました。来たときは全く喋っていませんでしたが、数週間ほど名前を呼び続けたら突然「チャップ」と喋りだしました。それから覚えるのが早かったです。「こんちわ」「おはよう」「ちょうだい」「どうした~?チャップ」「あはは(笑い)」「ゲホゲホ(咳の真似)」などなど。歌も覚えました。雨降りの歌「ピッチピッチ、チャップチャップ、チャップ~チャップ(最後はらんらんらんではなく、チャップ~チャップと覚えさせました)(尚、ピッチと名のインコもその後登場)」。本当に利口なインコでした。
当時、インコの本は殆ど出回っていませんでした。勿論インターネットもありません。ペットショップからの情報も余り無く、情報を得ようとする努力もしていませんでした。たぶん鳥ってこういうものだろうというお世話の仕方でした。今思うと恐ろしい、間違ったお世話の仕方をたくさんしていました。恐らくそれが原因で(詳しく書く勇気はまだ有りません。ただ、これだけは書いておきます。絶対!!人間と同じ物を食べさせないで!!)、最後の数ヶ月、じっと膨らんで殆ど動かない生活が続きました。病院に連れて行くと肝臓腫瘍の疑い。抗生物質(?)を渡されて飲ますように言われ、飲ませ始めた数日後、夕方遅く、僕が学校の講義から帰ってくると、母はパートからまだ帰ってきておらず、先に会社から帰宅していた父がぼそりと「チャップ、駄目だったよ。死んじゃったよ」。チャップは籠の底に布にそっと包まれて横たわっていました。僕は最後の時に立ち会えませんでした。母が一人パートに行く直前に覗いたら下に落ちて動かなくなっていたそうです。まさにその瞬間は見ていなかったそうです。
家族の皆から可愛がられたチャップ。とても利口でなついていたけど、ちゃんとお世話できなくて、最後は誰にも見られずにそっと☆になりました。
本当にごめんなさい。
一緒に過ごせたのは4年間だけだったけど、僕のインコライフ、いや、それ以上に何か大事なものを残してくれたインコ。運命的な出会いをしたインコでした。僕は死ぬまで忘れることはないでしょう。虹の橋で会えたら本当にうれしいよ。
チャップのお世話の失敗に本当に気が付いたのは、今のインコ達をお迎えする直前に本やネットで情報収集したからです。原因が本当に思い当たったのは今になってから。だから当時よりも今のほうがずっと悲しいです。勿論今のインコ達には同じ失敗をしないように気をつけています。このブログでお薦めインコ本を紹介したりするのも、他の方にも同じ悲しい過ちをして欲しくないからです。よく勉強して欲しいです。元気だけどやっぱり小さい命。僕たちが一生懸命守ってあげないと生きていけないのです。

 

Picthothers1

次いで、
上の写真左から・・・・

ピッチ(Pitch)
ホワイト・ハルクイン・コバルトブルー,女の子
1984年8月7日~1990年11月14日☆

チャップが来てから半年後に、ペットショップで白いセキセインコを初めて見てお迎えしました。それがピッチ。その時はまだ生後6ヶ月でした。チャップの具合が悪くなって別の籠にするまで、ずっとチャップと同居。
初めてチャップと顔を合わせた時、チャップが人の言葉で「チャップ~、こんちわ~」と話しかけたところを、いきなり嘴攻撃しました(笑)。そんな具合で、自分からは積極的に他のインコや人に馴れ馴れしくしませんでした。チャップに体を触らせませんでした。だけど餌の吐き戻しはおねだりしていました。放鳥が嫌いで、直ぐに籠に帰りたがり用心深かかったです。それでも放鳥すると、チャップにしっかり付いて一緒に行動していました。手や肩にもチャップにつられて一緒にのっていました。結局チャップとはペアにはならなかったですけど・・・。
よく怪我や病気もしました。窓に脚を挟んで骨折。卵(無精卵)詰まり。巣箱の中で無精卵を温め続けて衰弱・・・などなど。でもその都度頑張って助かってきました。最後は、(原因不明だが)膨らんで体調不良の様子になり、手当ての甲斐も無く数日のうちに☆になりました。
一緒に過ごしたのは6年間。小柄でかわいい、頑張り屋さんのインコでした。
今居るチックをお迎えしたのも、ピッチと出会っていたから・・・。

 

上の写真真ん中
チップ(Chip)
オパーリン・グリーン,女の子,1985年~1989年

チャップとピッチの2羽と暮らしていた或る日、窓を開けると、電線に止まっている緑色の鳥を発見。よく見るとセキセイインコ。チャップとピッチのいる籠を窓の外に出すと、つられて籠の上に降りてきました。そのまま家の中に入れて身柄確保。それがチップ。
来た当初はまだ子供で光彩が有りませんでした。チャップとピッチとは一緒にしないで、一羽住まい。非常に臆病で、決して人に近づきませんでした。放鳥しても他のインコ達とも離れていました。放鳥すると逃げ回って籠の中に戻すのが大変。普段はハシゴの上にいることが多く、遊ぶことをせず、食べて寝るだけ。何かチップに楽しめることを見つけてあげたかったのだけれど・・・特に何も出来ず、それが心残り。最後は、重度の素嚢炎で☆になってしまいました。全然人に慣れなかったけど、まさに最後のその時は、母の手にガーゼにくるまれて、静かに息を引き取りました。
僕たちと暮らしてチップは幸せだったのかな?これで良かったのかな?楽しかったのかな?

 

上の写真右の手前
ピッピ(Pippi)
オパーリン・グリーン,男の子,1984年~1989年

ピッチをお迎えした直後、従兄弟もセキセインコをショップからお迎えしました。それがピッピ。
おしゃべりはしなかったけど、非常に人に慣れていて、勿論手にも頭にものるし、人と遊ぶのが好きでした。「1984年~」と書いたが、それは従兄弟がショップからお迎えした年で、その後事情があって飼えなくなり、わが家にお迎えしました。それが1987年。
わが家のほかのインコとも仲良し。後で紹介するリップと同居しますが、ペアにならなかったものの仲良くしていました。最後は、原因不明ですが、前の日まで元気だったのに朝起きると☆になっていました。訳も分からず呆然としながら土に還したのを覚えています。
気の優しい穏やかなほのぼのインコでした。

 

上の写真右の奥
リップ(Rip)
オパーリン・グリーン,女の子,1987年~1989年

ピッピを引き取って間もなくの頃、窓を開けると、なんとまたしても電線にセキセイインコが!!チャップとチップに次いで3羽目の迷いインコ。この時はピッピの籠を窓の外に出したところ、見事に籠の上に降りてきて身柄確保。リップと名付けました。
ピッピが縁で来たので、ピッピとずっと同居。それほど人には慣れませんでしたけれど、ピッピとノンビリ暮らしていました。最後はリップも原因不明ですが、前の日まで元気だったのに朝起きると☆になっていました。ピッピより数週間ほど早く☆になってしまった。まるでピッピはその後を追ったかのよう。あまり一緒に遊んであげなかったけど、ピッピと暮らしていて楽しかったかな?そう思いたいです。

 

Picthothers2

上の写真左
ピーチャン(Peechan)
ノーマル・グリーン,男の子,1975年~1988年

わが家に最初にお迎えしたのは、以前upしたチャップなのですが、初めてセキセイインコに会ったのはこのピーチャン。
僕が小学校4年生の頃(1975年)、直ぐ近所に叔父一家と祖父母一家が住んでいて、叔父が仕事場で見つけてきた迷いインコ。それがピーチャン。
ずっと、叔父,祖父母一家のもとに居ました。お迎えした当初、人にとても慣れていたのですが、換羽の筆毛のチクチクを虫が湧いたと勘違いした祖母が、水をジャージャーかけて虫ならぬ筆毛を落とそうとした事件が有り、それがショックで大の人間嫌いになってしまいました。以降最後まで人を警戒し続けることになってしまいました。
可愛そうに、その後放鳥もされず、日当たりも良くない部屋で、インコ用の餌と水だけでなんと13年間!!細々と暮らしていました。勿論籠におもちゃなんて無し。
1988年のある日、A新聞で「オウム病」が記事になり、それを読んだ祖母が、怖くなってピーチャンを外に逃がそうとしました(勿論、オウム病なんてかかっているわけが無いのですが)。その時、叔父,祖父母一家はもう一羽セキセイインコを飼っていたのですが、それは外に出たとたん、庭の垣根から飛び込んできた猫にくわえられて連れて行かれてしまったそうです。たまたま外で遊んでいた近所の子供達が見つけて猫を捕まえ、インコを取り戻したがもう駄目だったそうです。一方、ピーチャンは籠から絶対に出ようとしなかったそうで、祖母は諦めて一旦家に入れ、僕の母のもとに相談に来たようです。母は驚いて「何でそんなことしたの!!」・・・ということで、わが家で引き取ることに・・・。何も知らないで帰ってきた僕は、ピーチャンがうちに来ていることにびっくり。
わが家にお迎えしたときは13年目。しかもその前もどこかで飼われていたでしょうから、たぶん15歳ぐらいの長寿。セキセインコは上手くするとそのくらい長生きできるそうですが、これまでの劣悪な環境でよく長生き出来たものだと思います。
しかしそんなピーチャンも我が家に来て数ヵ月後、遂に☆になりました。最後の朝、水入れに顔をかける形で☆になっていましたが、大往生でした。ずっと辛い生活をしていた・・・いや、それが辛いのだがどうだかも分からなかったでしょう。最後は、わが家のたくさんのインコ達と一緒に暮らしたが、慰めになったのだろうか?

 

上の写真真ん中
チャッピー(Chuppy)
オパーリン・グリーン,男の子,1994年5月3日~1995年

上の写真右
ピッチー(Pitchy)
イエロー・ハルクイン・ライトグリーン,女の子,1994年5月3日~1996年

今まで紹介したインコ達が次々と☆になり、最後のチックも天に召されて、暫くわが家にセキセイインコがいない日々が続きまし。
ある日、偶然通りがかったショップに入ると、2羽の雛がいました。衝動的にお迎えしてしまいました。それがチャッピーとピッチー。
初め、2羽は同居していたのですが、喧嘩が多くなり別居。
人にはあまり慣れませんでしたが、それなりに楽しくおもちゃで遊んでいました。特にチャッピーはブランコ大好き。ピッチーは鏡大好き。しかし、直ぐに僕が大阪に転勤になり、連れて行くことが出来ないのでお世話は母が引き受けました。何事も無く暮らしていたようですが、2羽とも原因不明の突然の体調不良で☆になったそうです。
2羽との想い出は少ない・・・。ショップからお迎えしたのが僕でなくて、もっとインコ飼いの上手い人だったら、もっとこの世で楽しめたのかもしれないです。余りに短命だった。本当にごめんね。

 

これで全て紹介し終えました。今は皆、横浜の実家の庭に眠っています。

どうしても暗くて悲しい話が多くなってしまいました。でも、楽しい想い出も僕にはたくさん有ります。
その一方、インコのお世話に無知だったという後悔も強いです。だからこそ、今のインコ達には、幸せに楽しく暮らしてもらいたいです。

長文を読んでいただき、本当にありがとうございました。

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Comments

リンクを貼ってくださったのでお邪魔しました。
ピーチャンの生涯、誤解が重なって悲しい13年間だったのですね。
数ヶ月でもKatzeさんご一家と一緒に暮らせて、ピーチャンは楽しかったと思います。
チャップちゃんのところで書かれていますが、昔はネットもなくて情報もなくて、私も同じように「インコの飼い方はこれでいいのだろう」でお世話してました。
私も何羽もの子をなくしました。
私が未熟で無知だったがためになくしてしまった命も多いと思います。後悔してます。

リンクを貼って下さってありがとうございました!
私のところから旅立った子もKatzeさんのところから旅立った子も、そしてケリーちゃんも、みんなみんな今は虹の橋で楽しく暮らしていますように。。

« 投稿: nanao  2008年3月27日 (木) 01時47分

nanaoさん>
こちらこそ、
ピーチャンの記事を読んでいただいてありがとうございます。

チェロchickも先日四十九日を過ぎました。
今はみんな虹の橋で一緒でしょう。

« 投稿: Katze  2008年3月27日 (木) 08時06分

 

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