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2007年7月14日 (土)

京都嵐山・嵯峨野ポタリング 2007.07.08

年月日/2007年7月8日

バイク/Peugeot VTT-205 MTB (Hard Tail)

目的/京都嵐山・嵯峨野巡り。

内容/
2007年7月8日(日)の近畿中部は晴れのち曇りで、梅雨の晴れ間。前の週末では雨にくじけてサイクリングを中断したのでこの日は何が何でも行くことにした。
前回のやり直しなので、勿論目的地は京都嵐山・嵯峨野界隈。ポタリングして楽しもうというわけ。
自転車は勿論、セミスリックタイヤを履いた街乗り用MTB「Peugeot VTT-205」。
ウェアや装備まで前回と全く同じ。

自宅を6:30ちょい過ぎに出発。
淀川南岸の土手や河川敷を東進。

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大阪府枚方市と京都府八幡市の府境から2ヶ月ぶりに府道13号を走る。
木津川と桂川の分岐・御幸橋を8:00頃に通過。

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御幸橋から嵐山までのサイクリングロードに入る。
が、御幸橋を渡ったところで短い距離の路面工事・通行止め区間。迂回路の看板が有ったが分かりにくかったこと(←ホントにさっぱり分からん(-_-;))、日曜日のため工事が行なわれていなかったこと、実際には走れる状態であったこと、そしてみんな通っていることから・・・・、こっそり通らせてもらった(ごめんなさ~い(^^ゞ)。

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サイクリングロードをひた走り、嵐山の終点に到着。

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時刻は9:00ちょい過ぎ。ここまでの走行距離は約50km。
嵐山~八幡~木津サイクリングロードのうち八幡~木津間は頻繁に使ってきたが、八幡~嵐山区間はあまり使ったことが無くて、終点に着たのは久しぶり。

いよいよ、嵐山・嵯峨野ポタリングの開始。
サイクリングロードの終点から少し進み桂川を中ノ島橋(別名:太鼓橋)で渡る。

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川の景観がいいですな。

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橋を渡ると桂川の中洲、中ノ島。

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「中ノ島公園」と呼ばれている。
写真では分かりにくいが、公園内は砂利が敷き詰められていて自転車で走りにくい。

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先ほど渡った川は、桂川の細いほう。本流は中ノ島の北を流れている。
桂川を眺めながら休憩するのにいいですな。

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公園には露店や喫茶・食事処などが並んでいる(まだこの時刻では殆どの店が開いていないが)。
そのような店が並ぶ中、一軒だけ特別趣と品の有る店、「」という料亭が有る。

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一度だけ、仕事の接待でここを利用したことが有る(接待する側)。料理もおもてなしも大満足だった。嵐山でおいしい京料理を食べたければここがお薦め。
座敷や入り口は、時代劇の撮影に使われることも有るそうだ。悪代官と悪い商人の密談の場面が思い浮かばれるな。

中ノ島公園から嵐山の象徴とも言える「渡月橋」が見える。

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中ノ島公園を後にして「渡月橋」を渡る。

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渡月橋は昭和9年に完成。基礎はコンクリート製ながら、木材も上手く使って自然になじんでいる。
昨年だったか(?)最近、無免許の少年が自動車を運転していて渡月橋の欄干に激突して壊してしまったそうだ。修復はされているらしいがどこの部分かは知らない。修復部分だけ綺麗・・・新築の橋みたいになってしまっていて、趣が台無しみたい。

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この「渡月橋」の上流のほうは「保津川」と呼ばれていて、「渡月橋」の下流側を桂川と言うのだが、実は「渡月橋」の付近だけ、保津川でも桂川でもなく、「大堰(おおい)川」と名付けられている(下の写真)。本当はその周辺を「嵐山」とか「嵐峡」とか呼ぶのである。

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今回「嵐山ポタリング」と言いながら真の「嵐山」の部分は見に行っていないが、四季を通じていい眺めの景勝地。

渡月橋を渡ると嵐山でもっとも賑わう通りに出る。お土産物屋や喫茶・食事処が通りの軒を連ねている。
行楽シーズンだと週末の日中は大変な混み具合なのだが、梅雨の期間中のまだ午前中は空いている。

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この通りの並びに嵐山で最も有名な寺「天龍寺」が有る。

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天龍寺」は、正式には霊亀山「天龍資聖禅寺」。臨済宗天竜寺派大本山。
1339年(暦応2年)、吉野で亡くなった後醍醐天皇の菩提を弔うために、足利尊氏が無窓国師を開山として創建した。
この地は壇林皇后(嵯峨天皇の后)が開創した壇林寺の有った所で、のちに後嵯峨上皇の仙洞御所・亀山殿が営まれ、後醍醐天皇はここで幼少期を過ごしていたのである。
創建以来、8回の大火に見舞われ、現在の堂宇の多くは明治期の創建。
1994年(平成6年)に世界文化遺産に登録された。
4~5回来たことが有る。自転車では2回目。当然参拝する。時刻は9:20頃。
車が駐車場まで出入りする道と歩行者の参道は別になっている。自動車や自転車は上の写真の山門ではなくて、その南隣に有る下の写真の出入り口から入る。

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駐輪場まで乗って走ると途中の池の蓮が綺麗。

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↓ちょっとグロい感も有りますが・・・。

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↓車道の突き当りが「法堂(はっとう)」。この横に駐輪。

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「法堂」は、昔の選仏場(座禅堂)を移築したもので、正面に掲げられている「選佛場」の額がその名残を示している。法堂は禅寺では住職が修行僧に説法する所で、一般寺院の講堂にあたる。法堂の天井には直径9mの円形いっぱいに雲龍画が描かれている。

車道と並行して走る山門からの歩行者用の長い参道は下の写真。参道の両側には幾つかの塔頭が並んでいる。

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↓そして歩行者用の参道の突き当たりが「庫裏」。

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「庫裏」から「大方丈」「書院」「庭園」が拝観できるので、入る。
↓「大方丈」の前の廊下

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大方丈・書院の建物内部の写真撮影は遠慮したが、大寺らしい広くてさっぱりとした部屋の数々。襖絵の墨絵もいい。

書院から渡り廊下が延びている。

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↓渡り廊下の突き当りが「多宝殿」。

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↓「多宝殿」の説明。後醍醐天皇を祀っている。

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でもやっぱり天龍寺といえば、一番の見所は「曹源池庭園」でしょう。
「大方丈」や「書院」から眺めることが出来るし、一旦「庫裏」から出て、庭園入り口から入って庭を歩くことも出来る。
↓庭園入り口から入ると。

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見事ですな。
↓「大方丈」の角を曲がる。

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するとその先には「曹源池庭園」。

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「曹源池」は広大で美しい。

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↓「曹源池」の説明。
夢想疎石が築いた池泉遊式庭園。嵐山・亀山の借景の中に曹源池が広がり、そのほとりに枯竜石組、白砂の汀、三尊形式の岩島などを配した名園。日本作庭史上で最高傑作の庭と評されている。

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↓「大方丈」(下の写真の建物)や「書院」の廊下側から眺めても、庭に降りて眺めてもいいですな。

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「曹源池」を過ぎて、奥に進むとまだ庭園は続く(途中、先ほどの「多宝殿」の前も通過する)。

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↓平和観音

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結構奥まで有りますな。

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↓でっかい硯石(・。・;

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敷地の周りは竹林。

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いい感じですな。

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アジサイも咲いています。

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芸術的な「曹源池」も勿論素晴らしいが、こういうところをノンビリ散策するのもいい。

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庭園の奥に北出口が有って、そこから「大河内山荘」に行くには近道なのだが、自転車は西出口寄りの駐輪場に停めて有るので、引き返して西の門から自転車と共に出る。時刻は10:00ちょい過ぎ。

通りに出てから少しだけ北上。
直ぐに左折してわき道に入ると、いい感じの竹林の中の小道。

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天龍寺の敷地のすぐ外の北部分を走っている。
いかにも京都嵐山・嵯峨野らしい。

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道なりに行くと「野宮神社」の前に出る。

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野宮神社」の「野宮」というのは、その昔、天皇の代理で伊勢神宮に仕える斎王(皇女、女王の中から選ばれる)が伊勢へ行く前に身を清めた所を示す。
嵯峨野の清らかな場所を選んで建てられた野宮は、黒木鳥居と小柴垣に囲まれた聖地で、その様子は源氏物語「賢木の巻」に美しく描かれている。
野宮の場所は天皇の御即位毎に定められ、今の「野宮神社」の場所が使用されたのは平安時代のはじめ嵯峨天皇皇女仁子内親王が最初とされている。
斎王制度は後醍醐天皇の時に南北朝の戦乱で廃絶。その後は神社として存続したが、時代の混乱の中で衰退していった。そのため後奈良天皇、中御門天皇などから大覚寺宮に綸旨が下され保護されてきた。
↓この黒木鳥居はクヌギの木の皮を剥かないまま使用する、日本最古の鳥居の様式である。

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祭神は野宮大神(天照皇大神)。
今では縁結びの神社として有名。

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「野宮神社」の付近の竹林の小径は観光用の人力車の定番ルートみたい。

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日差しがいい塩梅で遮られて、夏でもさほど暑くない。

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次は「大河内山荘」に到着。天龍寺の西隣に有る。時刻は10:30。
大河内山荘」は、昭和中期の映画俳優/大河内伝次郎の別荘で、小倉山南斜面の約2万㎡の敷地に、30年がかりで築かれた回遊式庭園を組み込んだ壮大な屋敷。

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以前に一度来たときは、京都に遊びに来た両親と入った。
門の前に自転車を停めて、坂を登る。

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↓庭園を巡る前にお抹茶席に寄って・・・、

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お抹茶を頂きま~す(入園料に含まれている)。

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竹林を眺めながら頂きま~す。

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いよいよ庭園巡り。
門が有りますね。仏教色が強いですな。

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下の写真の建物内には入れないが、「大乗閣」という。

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この建物から嵐山・嵯峨野の町が一望できる。
細い径を進みます。

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散策にはもってこい。

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こんな庭園で暮らしてみたいものですな。

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↓途中に「持仏堂」と呼ばれるお堂が有る。

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大河内は儒学者の娘であった母の影響もあって、敬虔な仏教信者としても有名で、1931年に藤原定家が小倉百人一首の選歌をした小倉山の山麓に「持仏堂」を建てた。ここが山荘・庭園の始まりと言える。
東映時代劇など晩年の多数の脇役出演によって稼いだ多額のギャラは、その大半が山荘造営に注ぎ込まれたという。

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↓「滴水庵」。

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庭園の一番高い場所に登る。

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南の方角の嵐峡が見える展望台に出る。

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↑↓山の斜面に見えるお堂は「大悲閣」。

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少し進むと・・・。

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今度は、東の方角の京都市街地が見渡せる展望台に出る。

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下の写真の左手の山は比叡山。

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今度は徐々に下っていく。

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↓途中に「大河内記念館」。

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大河内 傳次郎(大河内伝次郎、おおこうち・でんじろう。本名・大辺 男(おおべ・ますお)、1898年2月5日-1962年7月18日)は、大正・昭和期の俳優。戦前から活躍した時代劇スターである。特に「丹下左膳」が有名。

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「大河内記念館」から出ると、山荘の門に戻った。
いい雰囲気の庭園だった~。

「大河内山荘」を後にして自転車に乗り、竹林の小道から出ると、次は少し北に位置する「常寂光寺」に到着。時刻は10:50。

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常寂光寺」は、1595年(文禄4年)豊臣秀吉が方向寺大仏殿の千僧供養を行った時、日蓮宗の不受不施を守って出仕しなかった本圀寺16世日槇上人が隠遁した所。
「山門」の隣の駐輪場に自転車を駐輪して拝観する。
受付を過ぎると仁王門。

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仁王門は1616年(元和2年)に本圀寺から移築したもの。

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仁王像は若狭小浜の長源寺から移されたもので運慶作と伝えられている。

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仁王門をくぐると、正面に長い石段。

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↓石段を登ると「本堂」。2世日韶上人が小早川秀秋の助力で桃山城の客殿を移築したもの。

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↓本堂の隣には「小倉の妙見さん」として親しまれている、「妙見宮」が有る。大阪の能勢妙見の御分体が祀られている。

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「妙見宮」に背を向けると京都の街が展望できる。

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本堂裏の庭園もいい感じですな。

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更に奥へは山の斜面の石段を登るようになっている。そこには塔やお堂が幾つか有る。

↓「多宝塔」。重要文化財。1620年(元和6年)の建立。京都町衆だった辻藤兵衛尉直信が大檀那として献じたもの。当時の京都町衆の財力の凄さがうかがえる。

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↓こういう木々の間から塔の屋根が見える風景って好き。

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↓「開山堂」。

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↓「歌仙祠」。元々、藤原定家の小祠として仁王門のそばに有ったものを、開山の折に移築したもの。現在のものは平成6年の改築。

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↓「楼鐘」。鐘は先の大戦で取られ、現在のものは昭和48年の鋳造。

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境内を散策。

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↑↓「女の碑」。

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石段を降りていくと、「仁王門」の横に出る。

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「常寂光寺」をあとにして、すぐ北に位置する「二尊院」に到着。時刻は11:20頃。
「総門」の横に駐輪して中に入る。
↓「総門」は豪商・角倉了以が伏見城の「薬医門」を移築したもの。立派ですな。

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「二尊院」は正式には小倉山二尊教院華台寺。
天台宗。
山門をくぐると、長い参道が真っ直ぐに伸びている。

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↓参道の横に「西行法師庵の跡」が有る。

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参道の突き当たりで石段を登って左折。境内を囲む小道がいい雰囲気。

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ここは紅葉の名所として有名で、秋ともなれば多くの人がここを訪れる。
確かに紅葉期だったら最高でしょうな。

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「唐門」をくぐる。

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↓正面に「本堂」。重要文化財。

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「二尊院」は平安時代初期、承和年間(834~847)に嵯峨天皇が慈覚大師を開祖として建立したのが起こり。
その後荒廃したが、法然上人らによって再興された。
応仁の乱によって堂宇伽藍が全焼したが、本堂・唐門のみ約三十年後の永正年間(1504~1521年)に再建された。
本堂内右に釈迦如来像、左に阿弥陀如来像の二本尊(ともに平安末期の作で重文)を安置しており、「二尊院」の名もここから名付けられた。

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↓「本堂」の扁額は重要文化財。

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境内の松の木もいい感じ。

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写真は無いが本堂の脇から山の斜面を登り、「五輪塔」「宝篋印塔」「法然上人廟」「角倉了以の墓」「坂東妻三郎の墓」「藤原定家の時雨亭」などを見ながら散策できる。

「二尊院」から一旦「常寂光寺」に戻って山門前で左折。
落柿舎」に到着。時刻は11:30ちょい過ぎ。

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江戸時代元禄の俳人/向井去来の閑居跡。去来は松尾芭蕉の門人であり、芭蕉も何度か訪れ、1691年の滞在では嵯峨日記を著したとされる。

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「落柿舎」の名前の由来は、庭の柿を売る契約をしたのちに、柿がすべて台風で落ちてしまったためこう呼ばれている。

ふたつ上の写真を見ると門の向こうの壁に蓑笠が吊るされているのが見える。

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向井去来が在庵の時は玄関横に蓑笠を吊した故事の通りの再現。

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現在の庵は俳人井上重厚による再建である。

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風情が有りますな。

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庭に句碑が幾つか有る。勿論、芭蕉のものも・・・。

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雨風で彫が潰れて読みにくくなっているので、札に句が書かれている。

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「落柿舎」を出て、また「常寂光寺」「二尊院」の前を通過。
「二尊院」の北隣りに位置する「壇林寺門跡」「祗王寺」に到着。
まずは「壇林寺門跡」を拝観してみる。時刻は11:50頃。

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「壇林寺門跡」は正式には松森山宝寶閣壇林寺。
真言宗。
平安時代初期の承和年間(834~848)に嵯峨天皇の皇后、橘嘉智子(壇林皇后)が建立した尼寺で皇后の没後、官寺とされた。創建の際、唐(中国)の義空和尚を師として日本最初の禅門寺となった。
創建当時の壇林寺はこの地でなく、野々宮神社の東、天竜寺北(右京区嵯峨天竜寺立石町)とされる。広大な敷地で十二坊を数えたとされ、平安初期の仏教と文化の一中心地であったが、平安時代中期には早くも荒廃している。
往時を偲んで昭和39年(1964)、現在の地に再建された。

↓「本堂」の三重の屋根が珍しい。

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↓本堂前に桃山時代の灯篭。

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本堂の中は写真撮影禁止だが、本尊・准胝観音をはじめ、色々と寺宝を見ることが出来る。
庭に有る「ひょうたん池」と呼ばれる池には、天然記念物のモリアオガエルが繁殖

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モリアオガエルは池の水面の上の木に卵を産み付ける。
下の写真の中央の枝にベージュのモヤモヤしたものがあるが、これが卵。

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この卵からおたまじゃくしが孵ると下の池に落下するということ。
そういうわけで、下に水面がない枝には産み付けない。面白い習性。

「壇林寺」を出て、隣の「祗王寺」に入る。

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「祗王寺」は真言宗大覚寺派。大覚寺の塔頭。
現在の祗王寺は昔の往生院の跡にある。往生院は法然上人の弟子が開いた寺と伝えられているが、荒廃した後は尼寺として残り「祗王寺」と呼ばれるようになった。
平清盛の寵愛を受けていた祗王が、母、妹とともに尼になって、この庵に移り住み、後に寵愛を受けた仏御前も尼となって、4人で念仏三昧に暮らしたという。
明治時代初めに廃寺となり、木像や墓は大覚寺によって保管されていたが、祗王寺再建の話を聞いた元京都府知事・北垣国道氏が、明治28年(1895年)茶室を寄進して再建した。

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「祗王寺」と言えば、庭苔の緑が美しい庭園。

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↓向こうに見えるのは「仏間」

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一周して仏間から再度庭を眺めるといい(仏間内部は写真撮影禁止)。

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ここも紅葉の名所としても名高い。この寺の紅葉の見ごろは、少し遅めの12月上旬。庭苔の緑に散り始めた紅葉が落ち、赤と緑のグラデーションが楽しめる散り紅葉が見所。
また紅葉に限らず、新緑や雪景色もオススメ。

「祗王寺」を出て、清滝方面に走る。
「壇林寺」や「祗王寺」から北の方の嵯峨野の道は「大河内山荘」付近の竹林の間の小道と違って、日当りのいい道に変わる。

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観光色が強く、綺麗な舗装路で、道沿いにお土産物屋が並ぶ。
やがて緩い上り坂。道の真ん中が石畳風だが、その両端はアスファルト。MTBなので石畳でも苦にはならない。勾配も緩いので疲れることも無い。

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竹細工をはじめとした工芸の店が多いような感じがする。

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この登り坂の道沿いにいい雰囲気の店が並ぶ。

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今回は寄らなかったが、資料館も有る。
この坂に限らず、この付近の道は、自動車だけでなく、自転車も、曜日・時間帯によって通行が制限されている部分が有るので注意が必要だ(京都市街地はそういう道が所々有るので注意)。この日曜日の日中は何も問題が無かったと思うが・・・・。

坂の途中に有る「化野(あだしの)念仏寺」に到着。時刻は12:20。

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なかなか「化野」を「あだしの」って一発で読めないだろうな。
駐輪して拝観する。
石段を登る。

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順路標識に沿って歩く。

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↓広い墓地に出る。

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「化野(あだしの)念仏寺」の正式名称は、華西山東漸院(とうぜんいん)化野念仏寺。
811年(弘仁2年)、空海が化野の風葬(遺骸が野ざらし)の惨めさを知り、五智如来寺を建て里人に土葬という埋葬を教えたのがはじまりといわれている。のち法然上人がここに念仏道場を作った事から念仏寺というようなった。
上の写真の女性の右手当たりに、8000体あまりの無縁仏、石仏、石像、石塔が並んでいる。
写真撮影は禁止(「化野念仏寺」ことを知っている人は、その無縁仏の風景が思い浮かぶのでは?)。
ちなみに、「化野(あだしの)」とは悲しみの地、はかない処という意味であるとされている。
8月23日、24日午後6時より8時ごろまで千灯供養が行われる。毎年その時期になるとTVの関西のニュースで見かけるのでは・・・。

↓「本堂」。江戸時代に再興されたもの。

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↓本尊は阿弥陀如来で、湛慶の作。

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本堂の脇から奥に進んで水子供養の墓地を巡るようになっているが、写真撮影は禁止。
以前、一度まわったことがあるのだが、今回はやめて寺を後にする。
な~んとなくね。気持ちよくは無いし・・・。

「化野念仏寺」を後にして更に坂を上り、府道137号との合流地点、「清滝トンネル」の手前に有る「愛宕(おたぎ)念仏寺」に到着。時刻は12:30頃。
実は「おたぎ」と読むのは今回初めて知った(^^ゞ。今までずっと「あたご」だと思っていた。
↓「仁王門」。昭和25年の台風で大破し。昭和56年に復元修理された。

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↓仁王像は鎌倉初期の作。

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愛宕(おたぎ)念仏寺」は正式には等覚山愛宕院愛宕念仏寺。
天台宗。
8世紀中頃、稱徳天皇により京都・東山、今の六波羅蜜寺の近く、山城国愛宕郡(やましろのくにおたぎごうり)に愛宕寺として創建。平安時代初めには真言宗東寺派の末寺となっていたらしい。平安朝の初めにはすでに荒れ寺となっていた上に、近くを流れる鴨川の洪水で堂宇を流失。廃寺同然を、醍醐天皇の命により天台宗の千観内供(伝燈大法師)(918~984年)が復興した。千観が念仏を唱えていたところから名を愛宕念仏寺と改め、天台宗に属した。この際いったんは七堂伽藍を備え勅願寺としての体裁を整えたが、その後は興廃を繰り返し、最後は本堂,地蔵堂,仁王門を残すばかりとなった。
1922年それらを移築して現在地での復興を目指すが失敗。あまりの荒れように、1955年に天台宗本山から住職を命じられた西村公朝も、引き受けるのをためらったという。
それを清水寺貫主・大西良慶の「それだけ傷んでおれば、草一本むしりとっても、石一つ動かしても、おまえは復興者、復興者やといってもらえる。わしも手伝ってやるから」の激励で復興に取りかかった。
以来、仏師として全国を飛び回る傍ら、本堂、地蔵堂、仁王門などを整備した。
「仁王門」の横に自転車を駐輪して、受付で拝観料を払い、「羅漢洞」の下をくぐる。

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すると出ました!羅漢像。この寺の象徴と言えるだろう。
境内には1200体の石造の羅漢さんが表情豊かに並ぶ。寺の復興を祈願して、昭和56年から一般の参拝者に奉納を呼びかけ、この羅漢さんを参拝者自らの手によって彫ってもらったもの。

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一体一体違う。個性が有りますな。

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↓笑い過ぎ。

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↓更に笑い過ぎ(真ん中の像)・・・笑っているのかな??

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↓坂を登る。

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↓「本堂」。重要文化財。鎌倉中期の再建によるもので、大正11年に堂宇の保存のため、嵯峨の地へ移築された。 
本尊は「厄除千手観音」。平安時代より厄除けの寺として厚く信仰されてきた。

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また、霊験あらたかな火之要慎のお札で知られる、あたご本地仏「火除地蔵菩薩」がまつられている。
↓「ふれ愛観音堂」。目の不自由な方でも、心の目とで触れる観音様ということ。

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本堂周辺にも更にたくさんの羅漢像が並ぶ。

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素人の参拝者が自ら彫って奉納する『昭和の羅漢彫り』が始まったのは、1981年。
当初は500体が目標だったが、10年後には1200体に達した。

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釈迦の涅槃時に立ち会ったとされる羅漢の数が500人であったことから、五百羅漢という言葉が一般に知られているが、その100年後に700人の羅漢達が結集し、教えを正しく伝えるために勉強会を開いたといわれている。
従って、寺はこの時の数に合わせ、500体の完成後に第二結集として700体を追加し、平成3年に千二百羅漢の寺となったという次第。

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本堂の脇にもたくさんの羅漢像。

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↓典型的な大阪のおばちゃんの顔を思い浮かべてしまう。

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しかしここまで並ぶと凄いですな。

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↓こんなに大笑いしてみたいものですな。

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↓こんな個性的な顔も。

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一つ一つじっくり見たら、もっと面白い羅漢像に出会いそう。
自分の顔に似ているのも有るかもしれない。
↓「三宝の鐘」。3つ有ることで、音律が生ずる。こういう鐘は珍しいのでは?

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時刻はまだ12:50頃。
「愛宕念仏寺」を後にして、登ってきた坂を今度は下って戻る。

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さらに嵯峨野の民家の間の道を下る。

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このあと「清涼寺」「大覚寺」「直指庵」・・・と巡ろうと思ったのだが、「清涼寺」(下の写真)に到着したところで何と!ここでデジカメのバッテリー切れ!!

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070708ride_190 ここまでで300枚以上も写真を撮っていて(勿論全部ストロボ撮影)、バッテリーを使い切ってしまったようだ。
サイクリングの記録に写真が無いのは僕のスタイルとしてはつまらない。
まだ時刻は13:00で、充分に色々見て回れる時間は有るのだが、ここでこの日は終わりにして帰路に着くことにした。
 
 

↓今回巡った、嵐山・嵯峨野界隈の大よその地図(分かりにくいですが・・・・(^^ゞ)。
↓オレンジのラインが走ったところ。

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嵐山や嵯峨野にはまだまだたくさん見るところが有る。
とばしてしまった、あるいは行き忘れた「滝口寺」「臨川寺」「法輪寺」「京都嵐山オルゴール館」・・・。
諦めた嵯峨野の東半分には「清涼寺」「大覚寺」「直指庵」「宝筐院」。
更に少し東に「仁和寺」「竜安寺」「等持院」「金閣寺」「わら天神」「平野神社」「妙心寺」「法金剛院」「広隆寺」等々が有る。
また嵐山の南には「松尾大社」「苔寺(西芳寺)」「鈴虫寺(華厳寺)」「地蔵院」も有る。
残念だが、また今度。
一辺に回って片付け仕事みたいになってもつまらないし・・・。
それに逆算すると17:00前には自宅には着いているはずだから、翌日からまた仕事が始まることを考えれば、まあ余力を残しておいた方がいいだろう。

帰りは、来た道を全くそのまま逆トレースして帰る。
一旦「中之島公園」で補給食を摂って休んだ後、順調に巡航速度23~24km/hrキープで嵐山~八幡間のサイクリングロードを走る。当然ロードバイクには抜かされる。そのロードバイクを追走する(笑)無謀なママチャリ・オジサン(僕と同年代かも)にも抜かされたけど(あのね~、ずっとロードバイクに追走できると思ったら大間違いだぜ・・・・)。
御幸橋から府道13号を西進。
大阪府(枚方市)に入ってから淀川河川敷のサイクリングロードに降りる。するとこの辺りから足が重くなる。
ここまでの走行距離は約80km。
思い返せば、先週は40km程で中止(「強烈にわか雨でキレてポタリング中止 2007.06.30」参照)。
その前は1ヶ月以上開けて「大江山・鬼退治サイクリング 2007.05.20」でハンガーノックに見舞われて、ロードバイクながら60kmちょいしか走っていない。
100km以上走ったのは「大阪~小浜・日本海サイクリング 2007.05.04」の160kmで2ヶ月以上も前だ・・・。
なんとか、16:45に自宅に到着。帰りは時間がかかってしまった。
2ヶ月ぶりに100kmを越えた。やっぱり、走らないと体力落ちるな~~。しかも今回はMTBだっただけに、余計に疲れる。

まあ、でも前の週に中止したリベンジを果たせて、久しぶりにしっかりと嵐山と嵯峨野を回れたので良かった。自称「文化系サイクリスト」らしいポタリングだったし。
嵯峨野の東半分はまたいずれ。
楽しいのんびりサイクリングだった。
 

コース概略/自宅→豊里大橋→淀川南岸土手・河川敷→枚方市・八幡市→府道13→御幸橋→嵐山・八幡サイクリングロード→嵐山公園→渡月橋→天竜寺→野宮神社→大河内山荘→常寂光寺→落柿舎→二尊院→壇林寺門跡→祗王寺→化野念仏寺→愛宕念仏寺→清涼寺→渡月橋→嵐山公園→嵐山・八幡サイクリングロード→御幸橋→府道13→八幡市・枚方市→淀川南岸土手・河川敷→豊里大橋→自宅

走行距離/107.51km
走行時間/6hr18min
平均速度/17.06km/hr
最高速度/37.12km/hr
Peugeot MTB(Hard Tail)積算距離/1121km
全Bike積算距離/10499km

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Comments

嵐山はどの季節に行ってもいいですね~!「錦」、一度だけプライベートで行った事あります。マツタケの土瓶蒸しを頂きました。「だし」が利いてて京都らしいお味で美味でした。竹林といい、もう緑だらけですね、マイナスイオンたっぷりでリフレッシュ? 羅漢像見て人形焼きを連想してしまいました…。毎度の事ながら、ここら辺も色々思いでがありまして…。懐かしい思いで読ませて頂きました。まさかKatzeさんは筋肉痛になんかならないですよね?

« 投稿: あさたろう  2007年7月14日 (土) 17時13分

あさたろうさん>
(^o^)丿「錦」にプライベートとはおしゃれ~~。
羅漢像の人形焼きっていいアイデアですね。寺に教えてあげたりして。
最近は嵐山には行かれないんですか?祗園祭りのついでにでも~。
足は翌日プチ乳酸痛でした。ノンビリ走ったので翌々日には回復しましたが、体は全体になまっていました(-_-;)

« 投稿: Katze  2007年7月14日 (土) 21時13分

台風が接近中の今晩ですがあまり台風が来る実感が無いくらいただの雨の夜です。来週からは待望の梅雨明け。
今回は完全なリベンジですね。ウェアまで一緒とは^^
若い頃、エキスポと嵐山に行くと別れると言う噂があったのでなかなか嵐山に行けるチャンスがありませんでした。そんな噂を忠実に守ってました(恥 でも18歳の時、その噂話を破って嵐山デートに行きました。案の定1ヶ月もしない間に破局してしまいました。それ以降は怖くて嵐山へは近寄れませんでした(笑 京都を堪能しようと思えば嵐山・嵯峨野まで来ないと堪能できませんね。祗王寺の庭なんかすごく綺麗ですね。見てるだけで癒されます。ここ嵐山の近くに「古い建物(屋敷)・リノベーション」を改造してオープンしてるカフェがあるんです。家族ポタの締めくくりはこのカフェで休憩して終わる予定で組んでるのでその際、ゆっくり嵐山も探索してきます^^ 嫁は竹林に行きたがってました。katzeさん今回、竹林行かれてましたね^^


« 投稿: よしぞう  2007年7月15日 (日) 00時55分

ご無沙汰です^^ここだと、一度に記事をアップ出来ますね♪
いやぁ毎度の事ながら読み応え十分です!アジサイがとても可愛くてホッとしましたヨ(*^_^*)その後の羅漢像はちょっと怖かった(つд⊂)エーン(一生懸命彫ったのに失礼?笑)
私は常寂光寺から先は行った事がないので。。。
またゆっくり散策したくなったらこの記事を参考にしたいです♪
追伸:私のお引っ越し作業はトンと進んでおりませぬ。。。。^^;

« 投稿: てるちゃん  2007年7月15日 (日) 01時54分

中学、高校と修学旅行が京都で、嵯峨野を散策したので、いろいろと思い出して懐かしくなりました!
おみやげ物屋さんにも寄りました(^m^*)
やっぱり嵯峨野辺りは素敵ですね!時間が出来たらぜひまた行ってみたいです~~!

« 投稿: nanao  2007年7月15日 (日) 02時51分

よしぞうさん>
その噂は知っていましたが、当たるんですね~。
(エキスポのほうは知りませんでした。)
ま~、そのおかげで今のご家庭も有るということで。
竹林の道は夏でも日陰でありがたいですね。普通に自転車で走るとすぐ終わっちゃういますが、ゆっくりと家族ポタで堪能してください。
自転車の時はオープンカフェのほうがありがたいですね。自転車のそばでくつろげると思いますので。

« 投稿: Katze  2007年7月15日 (日) 10時30分

てるちゃん>
お久しぶり~(^^)
常寂光寺より北のほうが少し静かで落ち着きます。
お時間が出来たら一度行ってみてください。
愛宕念仏寺の羅漢像の実物は怖くないですよ~。
な~んとなく雰囲気怖いのは、化野念仏寺のほうが・・・(^^ゞ
Y!を残してあると引越しもノンビリ出来ますね。

« 投稿: Katze  2007年7月15日 (日) 10時36分

nanaoさん>
ボクも、中高の修学旅行は京都でした(横浜にいましたので)。
まさか後に自分が関西に住むことになるとは全く想像できませんでしたが~。
ちゃんと、思い出に残っているんですね~。
嵯峨野はしっとり感の京都って感じです。落ち着きが有りますね。
またいつか遊びに来てみてください。大人になって観ると、色々違った感じ方をすると思います。

« 投稿: Katze  2007年7月15日 (日) 10時43分

わ~い嵐山だ~渡月橋だ~竹林だ~やっぱりここの景色はいいですね~遠く離れた神奈川県から堪能させていただきました。本当にありがとうございます。
嵐山付近は京都中心地の観光スポットとはちょっと違う雰囲気がありますよね…あぁまた行きたくなりました~。

実は今週中にめずらしく仕事で大阪方面に行きます。スケジュールに余裕があれば京都方面にも足を延ばせるのでしょうが、今回は無理。この私が新幹線で京都を素通りするなんてぇ~っ!と車内で地団駄踏んでしまいそうですが仕事ですからねぇ~(^^;)。

大阪では美味しいたこ焼きが食べたいです。。。

« 投稿: お花見  2007年7月15日 (日) 12時55分

お花見さん>
嵐山・嵯峨野は落ち着きのある京都って感じです。
渡月橋~天竜寺辺りは激混み状態ですが、もう少し北や東のほうに行けば少しは静かです。
大阪までいらしていながら京都観光できないとは勿体無いですね(-_-;)。
またいつかの機会にお越しください(^^)
(↑京都の人間では有りませんが・・・(^^ゞ)
大阪でたこ焼きを食べるチャンスはたくさん有るでしょう。
難波には行列の出来る露店も有ります。

« 投稿: Katze  2007年7月15日 (日) 16時21分

わ~すごいです。
とても綺麗な写真がいっぱいです。
京都、台風前に行けてよかったですね(*´∀`*)
写真300枚とは~整理も大変でしょう~。

« 投稿: しましま  2007年7月16日 (月) 08時34分

しましまさん>
ありがとうございます。
今週末でしたら、台風とその後の水溜りできびしかったですね。
関東方面は今日当たり?大変なのでしょうか?
写真はアルバム・ソフトで整理しています。これが無いと、いちいちファイルを開いて確認して、時間かかります。てか、撮り過ぎですね(^^ゞ

« 投稿: Katze  2007年7月16日 (月) 10時06分

わぁ~~写真がいっぱいで嬉しいです♪
まるで自分が旅してきたいみたいな気分です(´∀`*)ウフフ
京都は趣があって本当に良い町ですね。
嵐山に行くことがあったら「錦」という料亭ですね!!
覚えておきます。おいしい京料理食べてみたいな~~♪
楽しいサイクリング良かったですね(´∀`*)

« 投稿: そらみどり  2007年7月16日 (月) 18時41分

とても良い景色に癒されました^^
やはり、自然のグリーンはいいですね。
わらぶき屋根の家も何だかわくわくします♪
昔修学旅行で1度だけ行きましたが、また京都に
行ってみたくなりましたね~

« 投稿: Chiho  2007年7月17日 (火) 00時06分

そらみどりさん>
久しぶりにサイクリングを楽しみました~。
ココログはY!のように一つの記事の容量制限が無いので、
写真を載せすぎちゃいます。この記事一つで200枚近い・・・(もはやブログじゃあない)。
もし、「錦」で夕食をしっかり食べるんでしたら、
予約されたほうがいいと思いますよ~。
(店のHPをご覧ください。)

« 投稿: Katze  2007年7月17日 (火) 01時14分

Chihoさん>
機会が有れば、是非行ってみてください。
修学旅行の時と違った感じ方をされると思います。
京都は場所によって雰囲気が違いますが、
この辺りは、「しっとり」とした京都の雰囲気と言えるかもしれません。

« 投稿: Katze  2007年7月17日 (火) 01時18分

 






 

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