出石サイクリング 2007.07.28
年月日/2007年7月28日
バイク/MARIN Venezia Road Bike
目的/出石町を目指し、町内を観光する。
ポイント/①行きは福知山駅まで輪行,②帰りは時刻,交通状況,疲労度等に合わせて帰りのルートをその場で選択、JR山陰線・福知山駅~豊岡駅間のいずれかの駅から輪行。
内容/
2007年7月28日(土)の近畿の天気はとりあえず夕方までは持ちそうだったのでサイクリングに出かけることにした。
ただ近畿中部と南部では夕方ににわか雨の可能性が有り、どちらかと言うと北部の方がマシ。そういうわけでこの日は近畿北部方面を走ろうと思い、前からサイクリングをしてみたかった兵庫県但馬の小京都、「出石町」を目的地とし、到達後、出石町観光ポタリングをすることにした。
往きのルート計画としてはJR福知山駅まで輪行。京都府福知山市から県境を越えて兵庫県豊岡市へ・・・出石町へ入るというパターン。
そして出石町で観光ポタリングを楽しむ予定。
ただし定番の国道426号と登尾峠(新登尾トンネル)ルートは使わない。なぜならネットでサイクリング記事を調べると殆どが悪評。福知山市街地~豊岡市街地のメインルートとして交通量が多く、トラック,タンクローリー,観光バス等の大型車も目立つとのこと。それよりも何よりも、峠を貫く新登尾トンネルは約2kmの長めのトンネルで、今回のような北上ルート側の左車線は歩道の幅が狭くて(逆サイドの歩道幅は2mほど有るらしいので南下ルートは悪くないみたい)歩道へのエスケープが困難とのこと。交通量の激しい車道を走ることが必然。尚、新登尾トンネルの上に舗装旧道が走っていて、そこにも旧トンネルが有るのだが、不法投棄対策のために塞がれていて通り抜け不可とのこと。ロードバイクを担がなければならない「本当の山道」で峠越えをしない限り無理。勿論、国道426号を通らないと随分と遠回りになるのなら使うが、わざわざ使わなくてもそれほど距離的に差が無い別ルートが有るのでそちらを選択することにした(詳細は下記の本文で紹介)。
帰路については、出石での観光に費やす時間、天候、疲労度、交通量等に相談して、その場で決めることにした。
一応、帰路候補としては、
①更に10kmほど北上して豊岡市街地に入り、JR豊岡駅から輪行
②JR豊岡駅~福知山駅間の山陰線沿いの道を繋ぎ、日暮れ間近になったところで一番近い駅から輪行
③あえて国道426号を使ってJR福知山駅まで戻る
・・・等。
自転車は輪行用としているロードバイクのMARIN Venezia。
またまた前の夜に寝付かれず(興奮するのかな?)、2時間睡眠のまま4:45に自宅を出発。
JR吹田駅で自転車を輪行袋にパッキング。
5:15の列車に乗り、大阪駅でJR福知山線の大阪始発5:55の列車に乗り換える。
8:20頃に福知山駅に到着。
自転車をさっさと組み立てて、補給食も摂って(ハンガーノックはもう嫌~)、8:45頃に福知山駅をスタート。
先ずは交通量の多い国道9号線で1~2km程北上。
交通量は多いが路側が広いので意外と走りやすい。この辺りもまだ亀岡~綾部間当たりの国道9号と同等だ。
2kmほど走ったのち、国道429号(「429→死に苦しむ」という縁起でもない国道)へ左折して西進。
こちらの方が交通量は少なくなるが、道幅,路側が狭くなって国道9号よりも走りにくい。普通車ですら対向車線側にはみ出しながら僕を抜いていく状況・・・(邪魔だろうね~、許して~、Road Shareということで~)。
しかし榎原に有る県道109号との分岐点に差し掛かると(下の写真の上段)、殆どの大型車が県道109号に左折して南下していく(下の写真右下が県道109号)。
僕はそのまま国道429号を直進。交通量は激減。
そして快走路。
田畑が目立ち始める。
超快適国道に早変わりだ~。
どんどん行こ~(^o^)丿。
福知山市街地から離れれば離れるほど田畑が多くなり、山間部の集落っぽくなってくる。
やがて府道526号との分岐点に差し掛かる。時刻は9:15頃。
国道429号は左折して南西の方角の生野方面へ繋がる。
今日は直進して府道526号を北西に進む。
ぬぉ~、快走路。
これから先で千原峠越えをするので徐々に上り坂気味になっているのだが、まだまだフラットと言ってもいいレベルの緩い勾配。
そうなると峠間近で急勾配になるのかな?と思いきや・・・
あれ(・。・?・・・トンネル・・・。
「ゆずりトンネル」・・・千原峠の下を抜けるトンネル。つまり峠に着いてしまったわけ。
緩い峠越えだ。覚悟していたのだが・・・。
僕は地図を平面的にしか見ない(悪い)癖が有って等高線や標高への注意が欠如(^^ゞ。なので今回のような予想外の緩い坂や、逆に予想外の激坂に驚くことも有る・・・。
「ゆずりトンネル」を抜ける。ちなみにトンネルの上の「本当の小阪峠」は「本気(マジ)の山道」なので今回はパスした次第。
少し下った後、またまた田舎の快走路が続く。
いいっすね~。
今回のルート、大正解でしょ~。
途中道幅が狭いところが有る。
基本的に道の片側が田畑。反対側が農家(たぶん)っていう集落が続く。農家といっても昔ながらの茅葺ではなく現代の家。京都の美山町や滋賀の朽木村のような日本の原風景の場所は特別なんですな。
うはうはですな。
やがて国道9号に突き当たる。
福知山駅から国道9号をずっと走り続けていても同じ所に出るわけだが、交通量の少ないルートを選択したというわけ。
左折して国道9号に入る。時刻は10:00頃。
下の写真では見難いが、田畑の向こうに見える電線の走っている下に国道9号が走っている。
福知山駅前に比べれば交通量は少ないが(おそらく国道426号の登尾峠越えルートへ分かれた結果だろう)、先ほどの府道526号に比べて急増。路側が狭いので神経を使う。
しかし1.5km程走ってJR山陰線の下をくぐる手前で右折。府道56号に入る。
また交通量が激減。
牧川沿いを北上。
この道もいいんじゃな~い?
県道63号との三叉路の分岐の地点(下の写真)で向こう側からローディーさんに遭遇。
挨拶して二言三言会話。この辺りを練習コースにしていられるみたい。どうやら僕が今回避けた国道426号を北上して登尾トンネルを抜け、次いでこの府道56号で天谷峠を越えて南下するという反時計回りの周回コースのようだ。
彼と別れて、僕は彼が下ってきた府道56号を逆に登って天谷峠を目指す。
登りといっても天谷峠の南の京都府側のこの辺りは暫くたいした勾配でもなく快適に走れる。
写真を撮っていると地元の方に話しかけられたりして・・・なんか今日は人との出会いが有っていいな~~。
下の写真の先から勾配が「峠越え」らしくなってきた。
気合を入れて覚悟して登り始めると・・・、
あれ(・。・?
すぐに兵庫県豊岡市に突入・・・すなわち天谷峠に到着。時刻は10:50頃。
またまた拍子抜け。
天谷峠南の京都府側の登りは楽チンコースだったっていうわけネ。
峠は特に展望は無いので、さっさと下る。
兵庫県側は8%の勾配で何箇所か急カーブの有る下り。すなわち「おいしい下り」。
止まるのが勿体無いので写真を撮らずに下ってしまった。
ブレーキコントロールの練習にちょうどいい。自動車も僅かだし(下っている間には出くわさず)。
逆に(先ほどのローディーさんのように)登りになる場合でも、いい練習コースになるのでは?
ただ、この勾配の区間の距離が物足りないのは残念。下の写真はもう勾配が緩くなった辺りの坂。
フラットになると・・、おお!すばらしい道!
道の両側に綺麗な花が植えられている。
何という花なのだろう?
気が効くね~。気分いいよ~。
ずっと花が続いているわけではないが・・・(残念)。
暫くして国道426号に突き当たる。
出石町に入るためにはこの国道をもう回避出来ないので左折して突入。時刻は11:15頃。
この辺りから出石町まで道幅や路側が広いので、交通量,大型車が多くてもストレスにならない。
それに左手に見える出石川の景色が気持ちいい。
結構広い川。
後ろで信号待ちをしていたツーリングの単車グループから「あ~(出石川に)入りてぇ~。」の声。
同感だよ(←心の中で)。暑いからな~。入ったら気持ちいい筈。
意外と快適に国道426号を抜けて行く。
ぐい~んと伸びていますな。
国道426号を10kmほど走ると、やがて県道2号との分岐。
出石町内にはこの県道2号を使うので右折して入る。
そして出石町内に到着。時刻は12:00頃。ここまでの走行距離約50km。
上の写真では人が少ない閑散とした印象だが、実際は観光客が結構多い。車や観光バスがたくさん。兵庫県但馬地方で最も有名な観光スポットだからな・・・。
これから度々駐輪するだろうことになるので、盗まれたくないサイクルコンピューターやサドルバッグ、ボトル、携帯ポンプ等の自転車に付けた装備は全部外してリュックに詰める。
出石について先ずすることは・・・、
そう・・・、
「出石そば」を食べること(ぶひゃひゃひゃ・・・爆)。
たくさん店が有る。老舗や名店が有るのだろうが適当に入ってしまった。
↓「出石そば」一人前。
1706年(宝永3年)、出石に国替えになった信州上田城主の仙石氏がそば職人を連れてきたのが「出石そば」の始まり。出石焼きの小皿に盛り付けた皿そばスタイルが特徴。通常、一人前が5皿。追加OK。
あ~、旨かった。追加注文を勧められたが、腹八分目ということでやめておいた。
では本格的に出石観光ポタリングを開始(ちなみに出石町観光協会のHPと出石町内の地図はここ→「出石町公式観光ガイド」)。
先ずは「家老屋敷」。内町通りに面して建っている。
日本三大お家騒動の一つ「仙石騒動」の首謀者とされ、1835年(天保6年)に処刑された家老仙石左京の屋敷跡。
武家屋敷特有の式台(玄関)。
中に色々な展示物が有る(写真は殆ど撮らず)。
この屋敷を外から見ると平屋建てに見えるのだが、実は隠し二階が有る。
怪しい謀議がされていたのだろうか?そこにはいろいろ工夫がされている。
例えば、天井やなげしは低くなっている。これは、刀を抜いて振り回せないようにするため。
↓壁に穴が空いた装飾はよく見受けられるが、位置が大事。床の間を背に座って会議をすると、階段を上がってくる人を部屋に入る前に確認出来る位置に空いている。
押入れにも工夫。
押入れから天井裏に逃げられるようになっている(下の写真の右)。しかも跳び乗っても大丈夫なように押入れの棚は頑丈(下の写真の左)。
なかなか用心深いな・・・。
「家老屋敷」の敷地内に「伊藤美術館」が有る。
1911年(明治44年)に出石で生まれた洋画家伊藤清永の作品が展示されている。
入ってみたが受付に誰もいなかったので(呼ぶのも面倒だし)出てきてしまった。
次いで出石の象徴「辰鼓櫓(しんころう)」。
内堀通りと掘りを隔てた所に有る、高さ16mの物見櫓。
出石城(あとで紹介・・・)の大手門の見張り台として建てられ、辰の刻(午前8時)に藩士の登城を告げる太鼓を打ったので「辰鼓櫓(しんころう)」と呼ばれた。
1881年(明治14年)にオランダ製の時計が付けられ、以来時計台として出石のシンボルになっている。
掘と石垣に城の名残が見えるでしょう。
この辺りに観光客用の店やそば屋が多いので一番混んでいる。「辰鼓櫓」の前も記念撮影でまるで順番待ちみたいな状況。僕も隙を見て撮影。
人ごみを避けて空いている路地へ。
小京都らしくていい感じ。
次は「豊岡市立出石明治館」。
出石の展望がよい入佐山公園の西麓に建っている。
木造の洋館風ですな。
1887年(明治20年)に出石気多郡役所として建てられ、昭和元年に郡役所が廃止されるまで利用されていた。
当初郡役所が建てられた場所は現在の出石町役場付近であったが、移築され、1984年(昭和59年)に「明治館」の名前で資料館として一般に公開されるようになった。
↓旧郡役所展示室。
出石町出身の元プロ野球選手「大友工」投手の展示室。
昭和25年から33年まで、別所、中尾と共に読売巨人軍の三本柱として第2期黄金時代を支えた投手。
最高殊勲選手・沢村賞・最多勝・最優秀防御率・最高勝率など数々のタイトルを獲得している。
ほかに出石の歴史に関わった人物の展示室。
応仁の乱の西軍総大将「山名宗全」、安土桃山~江戸時代の名僧「沢庵和尚」・・・等々。
知らない人もたくさん。名前だけ知っている人も、「この人もこんな形で出石に関わっていたわけか~。」って感じだ。
2階には出石磁器の展示室も有ったり・・・・。
「明治館」から「旧京街道」という通りを少し東へ行く。
すると「経王寺」。
前を通る「旧京街道」を守るために作られた寺で、城のような外観。
京方面からの侵入者を見張るのが目的。
山門もくぐると境内は普通。日蓮宗の寺。山号は「一乗山」。
↓本堂。
境内に咲く4月の桜と7月の沙羅双樹が綺麗らしい。・・・沙羅双樹ってどこかに咲いていたのか?
次いで少し北のほうへ行って「宗鏡寺(すきょうじ)」。
別名「沢庵寺」。
1392年(明徳3年)頃に山名氏清が開基。東福寺の大道一以禅師が開山。
山名氏が織田信長の第2回但馬征伐の際に豊臣秀吉に敗れてから荒廃したが、1616年(元和2年)に藩主小出吉英が再建。沢庵漬けで有名な(宮本武蔵でも有名な)沢庵和尚を中興開山としたので「沢庵寺」の愛称がついた。
正式には「円覚山宗鏡禅寺」。臨済宗大徳寺派中本山。
↓「夢見の鐘」。鐘楼が美しいですな。
鐘は、沢庵和尚が夢のお告げで掘り出したと伝えられている。
本堂正面の庭園もいいですな~。
↓本堂内部には入れない。
本堂の角を曲がると・・・。
更に素晴らしい庭園。沢庵和尚が作った「不義園」。
↓沢庵和尚の墓。
沢庵和尚は、1573年(天正元年)に山名氏の重臣秋庭能登守綱典(つなすけ)の子として出石城下に生まれ、幼少にして宗鏡寺に入った。1616年(元和2年)に荒廃した宗鏡寺を中興した。
宗鏡寺の後山に「投淵軒」と名付ける小庵(←見落とした・・・orz)を結び、多くの著書や和歌を作り、沢庵漬けもここであみ出された。
「宗鏡寺」を後にし、今度は西に向って通りを走ると「豊岡市立出石史料館」に到着。
1876年(明治9年)に出石は町の2/3を焼く大火に見舞われたが、その直後に建てられた生糸商鍋屋惣兵衛の母屋と土蔵を展示館に変えた史料館。戦後間もなく家主が移っため、建物は出石町が所有することになり、昭和52年から史料館となった次第。
館内には仙石騒動の史料や領地目録、藩札、仙石秀久の画像、書状、具足などが展示されている(展示物は撮影不可)。
部屋の様子だけ撮影。
↓母屋。入り口から土間が奥まで続き、これに沿ってミセ・中の間・座敷の3つの部屋が並んでいる。
これは「ウナギの寝床」ともいわれる城下町の町や特徴。昔は道に面した正面部分の広さによって税の額が決められていたため、少しでも税を下げるために、玄関を狭くして奥へと伸びる形を取るのである。
元々、これは京都の町屋によく見られた特徴で、京都の町は碁盤の目をしているためにその「ウナギの寝床」の建て方になった次第。
ここ出石でも、碁盤の目の街並みを採ったので、同じような「ウナギの寝床」になったわけ。このたたずまいが「小京都」といわれる所以かもしれない。
もう一つの特徴が・・・、これも京都の町屋にも見られることであるが、「ウナギの寝床」の建物同士が密集すると奥の部屋は陽が当たらなくなってしまう。そこで奥の部屋にも陽が差し込むように中庭が存在する。
2階から見るとこの通り。
ちなみに、ウナギの寝床の状態で並んでも必ず両端の家屋は側面が道に接することになる。その側面には通用口が設けられ、中庭と通じている。中庭から直で道路にでられるようにしてあるのだ。中庭から正面玄関まで歩くよりも速く道に出られると言うわけ。
↓尚、この建物の主は比較的富裕だったので、正面が広くなっていて、ナカミセという部屋が一つ余計に作られている。
↓部屋や廊下の様子を一部紹介。
2階にあがる。
↓一日ここでダラダラと寝っころがっていたい感じ。
↓スズメだ。
実際にはもっとたくさん部屋が有る。
通りに出てまた少し西に行く。
すると「桂小五郎再生之地」の碑。
「維新史蹟勤皇志士桂小五郎再生之地」と刻まれた石碑が立っている。
1864年(元治元年)の禁門の変に敗れた桂小五郎がここに有った荒物屋に約9ヶ月ほど隠れ住んでいた。幾松も尋ねてきていたらしい。
現在は、出石そば屋になっている。
更に西に向かい、谷山川に架かる「大橋」のたもとに「おりゅう灯篭」。
鎌倉時代の悲恋物語の主人公「おりゅう」にちなんで、いつの間にか「おりゅう灯篭」と呼ばれるようになった。灯篭と脇の柳がおりゅうと恋人が寄り添うよう・・・とのこと。
江戸時代にはここが出石川の船着場で、千石舟も出入りしていた。
その灯台としての役割。
谷山川はこんなに狭くなってしまっているけど。
大橋を渡る。
ちなみに通りの所々に「出石窯」の看板の店が見られる。
出石は綺麗な白磁器「出石焼」でも有名。
473年(雄略天王17年)春3月に天王の詔により、近江の国鏡の谷(はざま)の陶人(すえびと)がこの但馬の国・出石に来て陶物を作ったのが始まりとのこと。
上の写真の店ではなくて、観光センター店で「出石窯」のお土産を購入。
「ふくろうのカード刺し」。
またもや、ふくろう関係の物を買ってしまった(←集めることになりそうな感)。
次いで「出石武家長屋資料館」に入る。
下級武士が住んでいたことから「足軽長屋」と呼ばれ、史料館として公開されている。
1866年(慶応2年)の大火の直後に建てられた。元の家主が死去し、遺族が手放したために豊岡市が史料館として現在に至る。
土間や井戸、囲炉裏などが保存された館内には下駄,ちょうちん作りの道具,農具,お膳や桶など庶民的な民俗資料を展示している(写真は無し)。
ちなみにここも「ウナギの寝床」の建物の造りになっている。
ここの受付のおばさんは結構いろいろ出石について説明をしてくださって、今回の記事作成でも随分と参考になっている。「ウナギの寝床」の話もここで仕入れた話。
ここでは書ききれないが、実際に行ったら色々話をうかがうといいだろう。
次いで「見性寺(けんしょうじ)」。出石町の北西角に位置する。
正式には「直指山見性禅寺」。曹洞宗。開山は直翁。開創年不明。
17世紀後半までは独立無本寺であったが、後に丹波・円通寺の末寺となった。
前述した旧京街道に建つ「経王寺」が京からの侵入者を見張っていたのに対し、この寺は出石川を使って日本海側から侵入してくる者を見張る役割を持っていた。
国の重要文化財に指定されている毘沙門天立像を安置している。
最後に出石町の中心部、町の南に位置する「出石城跡」に向かう(戻るといった感じだが・・・)。
本当は真っ先にここを観光するのが普通だが、あえて「トリ」にとっておいた。
「出石城跡」は町の南にそびえる有子山の麓にある出石藩の本拠地であった所。現在は、本丸跡に角櫓を復元。内町通りに面して登城門も復元されている。
↓登城門。
↓その前の掘の跡。今は遊び場になっている。
橋を渡り、門をくぐって中に入る。
出石城主は但馬の守護だった山名祐豊、氏政父子によって、北2kmの此隅山城から1574年(天正2年)に新たに有子山頂に築かれたのが最初。
山名氏の滅亡後は羽柴秀吉、秀長の管轄下で木下昌利、続いて青木勘兵衛が城代を勤め、1585年(天正13年)には秀吉股肱の臣である前野将右衛門長康が但馬十一万石の国主として入城した。しかし前野将右衛門は文禄四(1595)年、嫡子景定が関白豊臣秀次の失脚に連座して切腹となったことを受けて自刃、替わって播磨龍野城から小出吉政が任じられた。
1600年(慶長5年)の関ヶ原の役で、小出氏は家名存続のため秀政・吉政父子は西軍、吉政の弟・秀家は東軍に分かれて闘ったが、秀家の軍功により吉政は西軍に加担したことを許され出石の本領を安堵された。
1604年(慶長9年)に吉政の嫡子である吉英が現在の麓の地に移し(有子山城は廃城)、以来、小出氏8代、松平氏1代、仙石氏7代が城主となって明治を迎えている。
↓立派な石垣。
麓から朱塗りの鳥居に包まれた石段を登る。
鳥居の数を教えてもらったのだが・・・忘れた(^_^;)。
↓途中で角櫓。写真は西角櫓。東にもう一つ建っている。
角櫓の建つ場所に本丸跡。
一角には旧藩主仙石氏の祖権兵衛秀久をまつる「感応殿」が建っている。
権兵衛は大盗賊石川五右衛門を捕らえた豪傑として知られている。
明治時代に仙石氏の旧臣が建立したものとのこと。
更に石段を登る。
突き当たりは有子山登山口。有子山山頂に登れる(この日はパス)。
突き当たり右に稲荷神社が建っている。
小出氏は天守閣を作らず、代わりにこの稲荷神社を建てた。
稲荷神社の境内から出石の町が一望できる。
北の方角を眺める位置ですな。
城崎の来日岳まで見えることがあるそうだ。
・・・見えているのかな?見ていても分からず・・・(^_^;)。
↓北西の方角。
↓北東の方角。
↓町屋の家並み。
↓昔は茅葺き屋根が並んでいたそうだが、出石町民はそれを保存する意志は無かったようで、瓦屋根にどんどん変わって、今では茅葺き屋根は先に紹介した「武家長屋資料館」ぐらいになってしまったそうだ。
出石城跡は桜の名所。4月に訪れると一番いいだろう。
↓石段を降りてきたところ。
「出石城跡」を出て帰路に着くことにする。時刻は15:30頃。
帰路については冒頭で書いたように主に3つの選択肢を用意していた。
もう一度書くと・・・
①更に10kmほど北上して豊岡市街地に入り、JR豊岡駅から輪行
②JR豊岡駅~福知山駅間の山陰線沿いの道を繋ぎ、日暮れ間近になったところで一番近い駅から輪行
③あえて国道462号を使ってJR福知山駅まで戻る。
選択したのは・・・「①」。
理由は・・・暑くて、一番短い距離を走って、とっとと電車に乗って帰りたかったという軟弱な理由(恥)。それに「出石町」が目的地だったので、その後はもうどうでもいいや~、面倒だし~、という気持ちも有り~の(後々、この選択に走りとは関係無いことで後悔することになるのだが)。
出石町内から北に向う県道706号で少し北進。
途中から分かれて出石川土手の一般道を走る。
国道426号に合流(下の写真)。出石川の東岸土手を走るかたち。
10kmほど国道426号を北進して豊岡市街地に入るというわけ。
道幅や路面の面で走りにくいことはないが車の流れが速いので、途中でふらふらと停まって写真撮影をする状況になく、走りに集中。
視界左手に出石川や円山川を入れながらなので、気分的には楽だった。
↓円山大橋に着いたところで国道426号を写すとこんな感じ。悪くなさそうでしょ。
その円山大橋を渡る。
円山川の西岸に出ると豊岡市街地の南端。
今度は国道号で市街地のど真ん中JR豊岡駅に向かい、程なくして駅到着。時刻は16:10頃。
ここで痛恨の物忘れ。いつもは駅と自転車のツーショット写真を撮るのだが、すっかり忘れて自転車を輪行袋にパッキングしてしまった。また組み立てる気には到底なれず、輪行袋でツーショット・・・orz・・・クソ~・・・(-.-)
これがケチの付き始め。
みどりの窓口に入ろうとしたところ、狭い入り口で横から急に相当無理やりにおばんが割り込んできて、横から押された勢いで担いでいた自転車を壁にぶつける(・。・;。
黙って怒りを堪えて切符を買い、待合室で1時間、普通電車福知山行きを待つKatze(-“-)→
写真でも、周りの人間も気がつかないが、怒りのオーラが立ち上っている・・・。
ようやく普通電車が来て乗り込み、17:30頃に出発。
JR山陰線豊岡駅~福知山駅間は普通列車よりも特急のほうが本数が多いくらいなのだが、輪行袋を置くスペースとして有効な車両最後尾座席の確保が心配なのと(座席の後ろに出来るスペースに輪行袋を入れられる)、仮に座れたとしても輪行袋が必ず入るかどうか分からないことと、隣に誰か座って背もたれを倒した途端に潰されやしないかということが心配なのと、通路に置くのも心配なので、普通列車に乗ることにしている。
それに、この路線の特急は観光客で結構混む。
普通列車のほうが、下の写真左のように置くスペースが見つかり易い・・・(車掌室の後ろ)。
・・・と思いきや、この路線の普通列車、本数が少なくて2両列車だけに意外と混む。
特に特急を利用しない豊岡郊外に住む中高生が休日部活帰りや、友達どうしで豊岡駅周辺へ遊びに繰り出したその帰りに出くわすとたいへん。
この日、その最悪のタイミングに出くわし、乗り込んできた中学生くらいの男の子6人組が僕の自転車の前に座り込み、カレーパンやらスナック菓子やらを食い散らかし、ちょろちょろ動き回り、こちらはイライラ・ヒヤヒヤ(――゛)。
ようやく和田山駅でどっと人が降りて電車が空く。問題の中学生も降りた。
和田山駅周辺は豊岡駅周辺ほどではないが人が多いので、その辺りの住人が賑やかな豊岡市街地に休日に出てくることと、JR播但線(和田山~姫時間を結ぶ路線)とのターミナル駅で、繁華街の無いJR播但線の福崎駅より北に住む人達が、これまた結構豊岡市街地に出てくるわけ。
そういうわけでJR豊岡駅~和田山駅間が特に混む(まあ、大阪市内に比べれば断然空いているけど)。
上の写真の右は、車内がガラガラになったので、食いかすとこぼしたアイスクリームで汚れた床に輪行袋をくっつけないように座席の前に移動させて、空いた席に座るKatze。
写真では分からないかも知れないが、30分間のイライラ・ヒヤヒヤで疲れている。
選択を誤った・・・。こんなことなら②で和田山駅より先まで走るか、③の福知山駅まで走るほう選択肢のほうが良かった。自転車で走っても福知山駅に到着する時刻はたいして変わらなかっただろう。
福知山駅で18:57発の大阪行きの列車に乗り換え、さらに尼崎駅で乗り換えて、ようやく21:45頃にJR吹田駅に到着。
自転車をさっさと組み立てて、自宅まで走り、22:15頃に無事帰還。
そういうわけで、サイクリングそのものよりも豊岡駅に着いてからが散々であった。
でも、前半の福知山~出石の走りはとても気持ち良かった。選択したルートは峠越えとしてはぬるいルートだったが、あえて登りを楽しもうと思わないのだったら丁度いい快走路と思える。距離も50kmほどなので翌日に疲れが残ることは無い。
↓今回走ったルート(赤ライン)。クリックして別ウィンドウで開きます。
後半の出石観光ポタリングも充実していた。自転車で半日ぐらい、ゆっくり回りきるのにちょうどいいサイズの町だ。
帰りの輪行での出来事は抜きにして、目的の観光地までの走りを楽しみ、観光地でまた歴史と雰囲気を味わう、とても充実したサイクリングだった。
コース概略/自宅→JR吹田駅~(輪行)~JR大阪駅~(輪行)~JR福知山駅→国道9→国道429→府道526→千原峠(ゆずりトンネル)→府道526→国道9→府道56→天谷峠→県道56→国道426→県道2→出石町内→県道706→出石川土手→国道426→円山大橋→国道312→豊岡市街地→JR豊岡駅~(輪行)~JR福知山駅~(輪行)~JR尼崎駅~(輪行)~JR吹田駅→自宅
(地図→クリックしてください (拡大可。茶色のラインが走った所))
(以下、出石町内の観光ポタリングの部分は含まず)
走行距離/63.39km
走行時間/3hr09min
平均速度/20.09km/hr
最高速度/54.08km/hr
MARIN Road Bike積算距離/6075km
全Bike積算距離/10668km
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これまた、きれいな景色の路。
… うはうはのサイクリングですね。(^-^)ノ〜♪
« 投稿: ひたやん 2007年8月 1日 (水) 17時46分
ひたやんさん>
いいルートでした。
農村集落を抜ける地方道は間違いが少ないです。
« 投稿: Katze 2007年8月 1日 (水) 18時17分
田んぼの緑、美味しそうな蕎麦、風情のある通り、ステキな洋館風、目に染み入るような鳥居の朱色…、この後予想外の展開になるとは…(llllll´ρ`llllll) 写真の足の角度から十分怒りが伝わって来ますよ~。 どこに行っても人の物盗む人っているんですね。サイコンなんて高価だし~。水着一枚でも忘れると持ってかれますもん…。前の夜に眠れないってのは、遠足の前日嬉しくて眠れないのと同じですかね~(^^?)
« 投稿: あさたろう 2007年8月 1日 (水) 18時24分
あさたろうさん>
走っている最中も、目的地も両方楽しめるパターンでした。
実際に盗まれた事はまだ無いんですが、用心するにこしたことありませんので~。観光地で人が多いですからね。自転車だってどこか柵にがっちりとワイヤーで縛っておかないと、そのまま丸ごと車に積まれて持っていかれますからね(軽いので楽々)。
僕は普段公の場(電車内とか)で足を組んでふんぞり返って座らないのですが(だらしないし、骨格変形の可能性とか、骨格の左右対称が崩れる・・・自転車に乗る上で良くないことなので)、キレているとそうなります。それを知らないのに、よく分かりましたね。
前の日に寝れないのは嬉しくも有り、緊張感も有りってとこです。
事故らないかとか・・・。まあ、その緊張感が事故回避にはいいのかもしれません。
« 投稿: Katze 2007年8月 1日 (水) 18時44分
おそば、美味しそうですね~!
Katzeさん途中でやめられてすごい♪
景色もいいし、夏だし、気分よさそうです(*´∀`*)
« 投稿: しましま 2007年8月 1日 (水) 23時07分
しましまさん>
自転車でなければ、もっと食べたかもしれません。
蕎麦屋のハシゴをしている人も多いくらいで、普通10皿くらいは食べれそうです。
隣のテーブルでは16皿食べている人がいました。
景色は気分良かったですよ~。これだから走るのをやめられません。
« 投稿: Katze 2007年8月 2日 (木) 00時37分
こんばんわ~ オツカレサマです。
出石以外といいフインキな町並みですね。今まで近くまで行く事は何度かありましたが1度も出石には行った事がありません。
ソバで有名なのは知ってましたが(^^ゞ (当たり前か・・・)
とても走りやすい・景色がいい・登りが少ないで当たりなコースでしたね。2kmのトンネルは怖いですね・・・私も通りたくありません。
田んぼと田舎の写真がいいですね。これにムギワラ帽子被って虫取り網を持った少年も写ってたら「夏休み!」って感じの写真で風景とマッチしてたでしょうね^^
それでも60kmですか~でも走る時間が短くなった分、観光にも時間が回せて楽しいサイクリングになったみたいですね。
最後の怪我ですが大丈夫でしょうか?
« 投稿: よしぞう 2007年8月 2日 (木) 00時40分
よしぞうさん>
城崎温泉とセットにする車で行く旅がいいかもしれません。
いつか行ってみてください。
トンネルは1kmを越えると嫌ですね~。
まあ、走っている車のタイプにもよります。運送業・工事業関係の車が多いトンネルはやっぱり怖いです。
1箇所集中の観光を入れての100km以上は難しいでしょうね。走るほうも観光も充実しなくなると思います。100km以上の場合は走る途上を楽しむほうがいいですね~。
怪我はしていませんので大丈夫です。壁にぶつかったのは輪行袋の自転車のほうですので・・・それが心配・・・一応異常無しみたいですが。
« 投稿: Katze 2007年8月 2日 (木) 00時57分
言われるとおり100kmの場合は途中の景色を楽しむ事で精一杯かも。観光していても先の距離を考えるとゆっくりも出来ませんしね。私の100kmオーバーの旅も残すところあと1週間になりました。そろそろ体調管理もしておかないと。それと後は天気だけが心配です。
地図を見ると途中トンネルは幾つかありますがトンネル通過で考えてるので現地に着いたらマトモに走れない場合は安全重視で迂回&峠越えを取る予定です。
山陰&兵庫の有名温泉どころはほとんど行ったのでキャンプ&出石のセットがいいですね^^
katzeさんが少し前に行かれた鍾乳洞もいいですね。
あの近くにもキャンプ場があったので。
« 投稿: よしぞう 2007年8月 2日 (木) 01時57分
今回も内容の濃い旅でしたね~~。一日ですごくにたくさんの所を回るんですねっっ川沿いの田舎道は本当に気持ちよさそう♪
帰り道で突然現実に戻されたようでちょっと笑っちゃった♪
ごめんなさい~っヒャハハッ
これまら夏休みで子どもも多いし、みんなでマナー守らなくっちゃねっ
« 投稿: るんるん 2007年8月 2日 (木) 09時49分
とてもいい景色がいっぱいで楽しく拝見しました^^
昔の家屋などすごいですね~~
天井裏から逃げられるようになっているなんて・・・
時代劇の話みたいですけど、、、本当にあったんですね~~
お疲れ様でした~~!
« 投稿: Chiho 2007年8月 2日 (木) 12時00分
よしぞうさん>
体調管理は大事ですね。
駄目な時は30kmでもヘロヘロになります。
睡眠と補給食って大事ですね。
温泉通でいらしたんですね(^^)
神鍋高原やハチ北高原、鉢伏高原が出石に近そうです。
僕は自転車でいずれ走ろうと思っていますが。
質志鍾乳洞のキャンプ場は・・・
ん~?どうでしょう。
キャンプをしない人間なので分かりませんが、
楽しめるのかな?どうなのか?まあ、あんまり書くと風評なんちゃらっぽくなるので言えませんが(^^ゞ
何にしても100km越えもキャンプも楽しんできてください。
« 投稿: Katze 2007年8月 3日 (金) 00時14分
るんるんさん>
出石ってそれほど大きくなくて凝集された感じ半日、3~4時間でノンビリ回るのにちょうどいいかもしれません。
結構回れました。
夏の川沿いは気持ちいいです。
入れたらもっと気持ちいいでしょう。
帰りは日常の街中によくあるシュチュエーションに引き戻された感じです。
おばはんは怒りたいですが、
子供はまだ怒ったり注意したりしにくい段階でしたので、我慢我慢。
でも彼ら、そのまま大人になるんでしょうな。
椅子にふんぞり返るように座って足を組んだり投げ出したりする、よく車両内で見かける大人に・・・。
« 投稿: Katze 2007年8月 3日 (金) 00時21分
Chihoさん>
この辺の建物は江戸時代のもので、
戦乱の無い安定した徳川の世かと思っていましたが、
色々有ったみたいですね。
謀略・暗殺・謀反・・・血なまぐさいですな。
時代劇の世界は、ちゃんとリアルなものに基づいているな~、
って感じですね。
« 投稿: Katze 2007年8月 3日 (金) 00時25分
お天気も良くて、道も風景も気持ち良さそう!!!
いいですね~。走っているとき、絶対気持ちいいだろうなぁってすごく思いました♪
ウナギの寝床って初めて聞いた言葉でした。
面白いですね(^m^*)
出石のことはよく知らないのですが、のんびり回るにも楽しそうな場所ですね(*^-^*)
« 投稿: nanao 2007年8月 5日 (日) 02時31分
nanaoさん>
ウナギの寝床とは「いかにも」って感じです。
出石は紀元前の頃に、渡来人が開いて大陸文化を伝えたのが始まりらしいです。
歴史のある街です。
出石は関西以外からはなかなかそこだけのために、って感じでは無さそうなので、
関東方面の方だとなかなか観光する機会が無いでしょうね~。
いつか機会がございましたら寄ってみてください。
« 投稿: Katze 2007年8月 6日 (月) 18時24分
ゆっくり読ませていただきました(~o~)
うはうはとかいうコメントから楽しそうな様子が伝わって来ます!
走りながらも景色を堪能し、花を愛でて川遊びの誘惑と闘うkatzeさんですね♪
赤い鳥居に出石そば、桂小五郎の石碑など見所満載です。
普通の町並みも良いですね!
私も公共の乗り物で不愉快な思いをするとキレそうになります。
香水臭かったり、大声でしゃべったり、走り回ったり‥
公の場面に居るっていう意識が薄いですよね(>_<)
« 投稿: アネモネ 2007年8月26日 (日) 11時54分
アネモネさん>
気持ち良かったです。また、こういう所をサイクリングしたいと思っています。
なかなかいい所なので、丹後・但馬方面に旅行される時に寄ってみてはいかがでしょうか。
公共の乗り物と自分の家の中との区別がつかない人、周りが見えない人がたくさんいます。
どうしてそんな感覚なのか不思議でなりません。
« 投稿: Katze 2007年8月26日 (日) 18時39分
1年以上前の記事ですが 見てて行きたくなったのでほぼ同じルートでサイクリングしてきました^^
福知山まで自走で宿泊 出石からは豊岡ではなく県道2号線を使用して和田山まで行って輪行という内容です。
回った感想ですが出石はそばもおいしく(10皿行きました)沢庵寺とか良い雰囲気でしたがいかんせん人が多すぎました まぁGWに行くほうが間違っていますが
そして今回のメインディッシュである農村部の道ですが
とてもすばらしい道でした 城崎とか行くときにまた通ってみたいです^^
ここで紹介されている道はかなり参考になるのでまたどこか辿らせていただきます
« 投稿: シストス 2009年5月 6日 (水) 01時06分
シストスさん>
初めまして。
途中の農村部の道はこの記事の頃とあまり変わっていないんでしょうね~。なぜかホッとした気分です。良い道はいつまでも残っていて欲しいもので・・・。
福知山→城崎も良さ気なプランですね。玄武洞に立ち寄ったり、最後は温泉でシメるっていうのもいいですね。
出石はこの記事の日でも結構人がいましたが、GWとなればなおさらでしょうね。場所によってはおちおち乗っていられない混み具合だったのではないでしょうか。
帰りに和田山駅まで走って輪行、というのは正解だと思います。結構混む豊岡→和田山間の列車をパスできますしね。
ツーリングの話を人から聞くと、僕も走りたくてウズウズしてきました。
ご訪問とコメントありがとうございました。
« 投稿: Katze 2009年5月 6日 (水) 10時31分