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2010年12月21日 (火)

近江八幡~びわ湖よし笛ロード ポタリング 2010.11.21

年月日/2010年11月21日

バイク/GLOBE (SPECIALIZED) Small Bike

目的/近江八幡のかつての城下町、近江商人の旧家が建ち並ぶ町並みを巡り、次いで「びわ湖よし笛ロード」を走る。

ポイント/①往復輪行,②前半は近江八幡伝統的建造物群保存地区を中心にポタリングをし、後半は「びわ湖よし笛ロード」を中心にポタリングする。

内容/
この日は琵琶湖周辺の自転車道の一つ、「びわ湖よし笛ロード」をポタリングすることにする。琵琶湖周辺の自転車道の多くは琵琶湖畔沿いをコースにしており、琵琶湖一周でもよく使われるのだが、「びわ湖よし笛ロード」は琵琶湖畔沿いではなく(一部は通るが)、近江八幡市~安土町~東近江市の川沿いや小さな湖「西の湖」「伊庭内湖」の有る水郷地帯を通る。これら川沿い・湖畔沿いにはたくさんの葦が茂り、湖東の水郷地帯を巡るポタリングにうってつけのサイクリングロードになっている。
ただ、「びわ湖よし笛ロード」だけでは割と早めに終わってしまうので、自転車道起点の白鳥川よりやや北東に位置する近江八幡市内を観光することにする。従ってコースは概ね下の地図の青色のラインのようになる。

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近江八幡市街地は“近江商人の町並み”として雰囲気のある町並みが広がっており、伝統的建造物群保存地区となっている(上の地図の赤色の円内と下の地図参照)。観光客も多い。

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従って、能登川方面からスタートして「びわ湖よし笛ロード」を走った後で近江八幡市街地をポタリングしようとすると、午後の観光客で混みそうだ。そこで「びわ琶湖よし笛ロード」を走る前に、先に近江八幡市街地をポタリングすることにする。朝の早い時間に近江八幡市街地を巡っておいた方が良いだろうと予想。ただし、資料館やその他公開されている商家は9:00以降にならないと開館しないようだ。ならばそこを逆手に取って考えれば、9:00以前はまだ町の通りには観光客が少ないだろうと思われるので、町の雰囲気を味わいながらゆっくりとポタリングするにはむしろ通行し易いだろう。すなわち整理すると・・・・通りを走って町並みを味わうポタリング→(比較的早くから参拝できる)寺社巡り→資料館や内部公開されている商家巡り→びわ湖よし笛ロード→JR能登川駅でゴール・・・という順番で巡ることにする。

自転車は輪行用折り畳み小径車のGLOBE (SPECIALIZED)。こういうポタリングにはうってつけの自転車だ。

20101121ride_1s 5:10に出発。JR吹田駅まで数kmを走り、駅で自転車を輪行袋にパッキング。
あとは以下のようにして近江八幡駅へ。

吹田
|  JR京都線(京都行)   
|  05:31-06:07

京都
|  JR琵琶湖線(長浜行)
|  (右上の写真)
|  06:34-07:15

近江八幡

定刻通りに近江八幡駅に到着。
駅の北口で自転車を組み立て、7:30頃に駅を出発(下の写真)。

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予定通り、「びわ湖よし笛ロード」へは向かわずに駅北口の正面から真っ直ぐに伸びる「ぶーめらん通り」を「八幡山」方面へ向かう(下の写真)。今回はノーヘルなので歩道走行(自転車走行可)。

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左右に走る県道2号を横断して小幡町通りに入り、少し直進した適当な所で右折して小道に入る(下の写真の左上、黄色の矢印)。そのまま直進(下の写真の右上)。

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すると何か雰囲気の有る通りに突き当るので左折(上の写真の下段の黄色の矢印)。
「出町通り(てんびんロード)」に入る。

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古民家が建ち並んでいる。

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まだ8:00前なので、予想通り観光客は殆どいない。通りの雰囲気を味わいながらノンビリと進む。

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切妻造桟瓦葺、平入の木造建築が基本。格子戸、貫見せ、むしこ窓等々、典型的な江戸時代の町の旧家が建ち並ぶ。

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通りには観光客用の地図が掲示されている(下の写真)。右が北西の方角だ。

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上の地図を見て分かるように、碁盤の目のようになっている。

「八幡近江八幡の町並みについて」
総絵図・江戸時代(元禄期)の近江八幡の町並み(現在とほぼ同じである)
近江八幡市は、天正13年(1585年)に豊臣秀次(豊臣秀吉の甥)が八幡山に城を築いたことに始まる。
秀次の楽市楽座等による商工業の発展政策は、その後の近江商人の活躍の原動力となった。天正18年(1590年)に秀次が移封され、ついで京極高次が城主となったが、わずか5年後の文禄4年(1595年)に廃城になる。城下町商人としての特権は失われたが、船や街道を利用して多くの人や情報、文化が入ってくる地の利を活かし、その先進性と自立的 な商法により八幡を本店として江戸や大坂に出店を設けるなど活躍していく。
今なお碁盤目状の整然とした町並みは旧市街地に残され、特に新町や永原町にはかつての近江商人本宅の家々が立ち並び、八幡堀に面した土蔵群は往時の繁栄を偲ばせる。

「近江八幡市八幡伝統的建造物群保存地区について」
平成3年4月30日に滋賀県内では初となる国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けた。選定地域は、新町筋、八幡堀周辺、永原町筋、日牟禮八幡宮境内地を加えた13.1ヘクタールになる。
(近江八幡観光物産協会「近江八幡の町並み保存とその取組みについて」より抜粋)

ちなみに、上の写真の看板の地図は「新町通り」のものだが、下の写真の通りは「仲屋(すわい)町通り」だ。

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酒遊館」(下の写真)。

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下の写真にある、この球状のものがこういった古民家に吊るされているのを良く見かけるけど、これって何?(←無知(^^ゞ)

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「旧八幡郵便局」(下の写真)。

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ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計によって1921年に竣工して以来、1960年まで郵便局の局舎として使用されていた。その後玄関部分が取り壊されたが、2004年に復元された。現在はギャラリーやイベント会場などの多目的スペースとして活用されており、特定非営利活動法人ヴォーリズ建築保存再生運動一粒の会の事務所としても使用されている。
スパニッシュと和風の町屋造りを折衷したデザインは、個性がありながら町並みに溶け込んでおり、旧市街中心部のランドマーク的役割を果たしている。
(「Wikipedia」より)

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隣の「為心町通り」に入る。
朽ちかけた家も有るが、木の柵で保護されている(下の写真)。今はだれも住んでいないのだろう。実際に人が住まないとどうしても傷みやすいんだろうね。

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「松前屋 岡田彌惣右衛門(やそうえもん)邸跡」(下の写真)

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近江商人の旧家が並ぶ為心町の一角にあった豪壮な商家。現在は石碑のみが残っている。

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岡田彌惣右衛門は北海道に渡り、漁場の開拓と経済の発展に貢献した人物。
初代は、慶長19年(1614年)に24歳で北海道松前に渡り、呉服・太物などを商い、後に漁業も手がけた。
5代目の頃には、最大23もの漁場を請け負い(最も早い場所は小樽・古平の2箇所で、岩内町史には町を拓いたのは岡田家であると記されている)、他にも炭鉱の採掘、農場経営、道路の開削工事などの多方面で活躍した。
大正7年の北海道50年記念事業では、功労者として岡田家に追彰状が贈られ、13代目岡田八十次が受領している。
なお、11代目が壮年の頃、函館より室蘭に向かう道中で、登山の山中で休憩した際に、川筋に湯気が立っているのを発見。これがのちの登別温泉につながったとの話が伝えられている。

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「為心町通り」と並行して走る、隣の「魚屋(うわい)町通り」に入る。

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魚屋町(うわいちょう)は新町の1本東側の通り。城下町時代は魚商が集まっていた町で、「うおいち(魚市)」が変化して「うわい」と呼ばれるようになった。

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旧家をベースに、現代的な入口を併設した病院(下の写真)。

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「新町通り」と「京街道」との交差点に入る(下の写真)。
ここは近江八幡の近江商人の町の観光の中心部というか、起点となる交差点と言えるかも。

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B⇔Dが「京街道」。A⇔Cが「新町通り」だ。
“A”と“D”の角の「郷土資料館」の外に道標が立っている(下の写真)。

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この界隈に資料館が幾つか有るのだが、9:00からの開館で、今はまだ8:30ちょい前。
なので、ここは“B”の通りへ入ってみよう(下の写真)。

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何気に立派な土蔵が建っている(下の写真)。

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途中に「正福寺」(下の写真)。

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「玉念院正福寺」
山号は哀愍山。
安土問答で活躍した玉念上人が開創そた浄土宗の寺院で、安土城下より八幡築城に際して現在地に移ったと伝えられている。
本堂は承応3年(1645年)に再建された滋賀県下で最も古い浄土宗本堂である。

門は(まだ?)閉まっていて、門より奥は入れない。
下の写真は門から見た本堂。

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“C”の京街道をずっと行くと、先程までウロウロしていた通りにまた出ちゃうので・・・。

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途中でUターン。先程の京街道(朝鮮人街道)と新町通りの交差点に戻る。
“D”の方角は京街道。別名「朝鮮人街道」(下の写真)。向こうに、自動車の多い「小幡町通り」との交差点が見える。

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朝鮮人街道(ちょうせんじんかいどう)は、近江国(滋賀県)に存在した近世の脇街道である彦根道(ひこねみち)、京道(きょうみち)および八幡道(はちまんみち)の異名である。朝鮮人道、唐人街道などともいう。距離は約41km。滋賀県野洲市行畑で中山道から分岐し、八幡・安土・彦根を経由して、滋賀県彦根市鳥居本で再び中山道に合流した。徳川家康が関ヶ原の戦いに勝利し凱旋した街道で、将軍上洛に使われ、参勤交代での使用は認められていなかったが、唯一朝鮮通信使には通行が認められていたためこの名がある。
(「Wikipedia」より)

さて、先程の京街道(朝鮮人街道)と新町通りの交差点に戻り、近江商人の町並みの中でもメインストリートと言える“A”の「新町通り」へ入ってみる。

「森五郎兵衛邸」(下の写真)。

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初代五郎兵衛は、伴傳兵衛家に勤め、別家を許され、煙草や麻布を商った。やがて呉服・太物などの取り扱い商品を増やし、江戸日本橋や大阪上本町にも出店するなど活躍した。
昭和6年(1931年)に東京日本橋室町に「近三ビル」(屋号の近江屋の“近”、三左衛門の“三”より命名)を建築し、現在も近三商事として健在である。
写真には殆ど写っていないが、対面に森家の控宅だった建物が有り、1979年に市に寄贈され、現在は歴史民俗資料館(市立資料館の一部)となっている。

典型的な格子戸と貫見せの旧家の造りである(下の写真)。

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上の写真の屋根の左に“うだつ”も見える。

うだつとは・・・
日本家屋の屋根に取り付けられる小柱、防火壁、装飾。本来は梲と書き、室町以降は卯建・宇立などの字が当てられた。
平安時代は「うだち」といったが、室町時代以降「うだつ」と訛った。本来は梁(うつばり)の上に立てる小さい柱のことをいった。そののち、切妻屋根の隣家との間についた小さい防火壁で1階屋根と2階屋根の間に張り出すように設けられているものも「うだつ」と呼ぶようになる。本来、町屋が隣り合い連続して建てられている場合に隣家からの火事が燃え移るのを防ぐための防火壁として造られたものだが、江戸時代中期頃になると装飾的な意味に重きが置かれるようになる。自己の財力を誇示する為の手段として、上方を中心に商家の屋根上には競って立派なうだつが上げられた。
うだつを上げるためにはそれなりの出費が必要だったことから、これが上がっている家は比較的裕福な家に限られていた。これが「生活や地位が向上しない」「状態が今ひとつ良くない」「見栄えがしない」という意味の慣用句「うだつが上がらない」の語源のひとつと考えられている。

それにしてもここ「新町通り」は豪壮な商家が並んでいるという点で、近江商人の繁栄が一番感じられる通りかも知れないな。

「新町(しんまち)通り」(下の写真)は小幡町の1本東側の通り。江戸中期から明治にかけての商家建築がずらりと建ち並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
「新町」の町名は、安土城下の新町から住民を移住させてできたことから名付けられたといわれる。ただし4丁目だけは「浅小井町(あさごいまち)」と呼ばれていた時期があり、ここは浅小井(現在の近江八幡市東部)の出身者が集まって住んでいたようだ。

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「旧西川庄六邸」(下の写真)

初代西川庄六は2代目西川利右衛門の子で、蚊帳、綿、砂糖、扇子などを商った。現在も食品素材、繊維原料などを扱うメルクロス株式会社として活躍している。建物は江戸中期の築で、県指定文化財。

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通りには「見越しの松」が散見される(下の写真)。

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「見越しの松」とは、庭に植える松の様式の一つ。下枝から二番目の枝を壁の外側にわざわざ出す。
これには深い意味が込められている。壁に囲まれた屋敷の中では、世の中の動向を見失うことがある。その事を松に託して、壁の外を歩く人々の動きや流行現象、人々の噂や不平不満など、世の中のさまざまな動向に常に注意をしておくようにという教訓を、庭に植える松の木を通じて教えようとしたものである。

「旧西川利右衛門邸」(下の写真)

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西川利右衛門家は、江戸時代から明治前半にかけて蚊帳や畳表を扱う「大文字屋」を営んだ。その後子孫が絶えたため、1706年築の主屋(国指定重要文化財)は市に寄贈され、現在は市立資料館の一部となっている。

中を見学出来る。見学時間は9:00~16:30。まだ8:30なので、あとで立ち寄ろう。

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“摺り上げ戸”が特徴的(上の写真)。

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「新町通り」をノンビリポタ。

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新町通りを八幡山方面に進んでいくと、「八幡堀」に行き当たる(下の写真)。

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今の位置関係は下の地図を参照のこと。

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八幡堀から見た八幡山(下の写真)。あとで登りますよ~(ロープウェイでね)。

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美しい水路の眺め。

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鴨が泳いでいますな。

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堀に沿って、土手に道が続いている。堀のすぐ傍に石畳の道も有る(下の写真)。

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先程見えていた橋に到着。

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八幡堀(はちまんぼり)は、近世初期より今日まで運用されている運河。
幅員約15メートル、全長6キロメートルに及ぶ。

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安土桃山時代に豊臣秀次が八幡城を築城した際、城下町の都市計画として整備され、城を防御する軍事的な役割と琵琶湖の水運(当時の物流の要)を利用する商業的役割を兼ね備えた。

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1595年(文禄4年)、秀次の自害を受けて八幡城は廃城となったが、城下町は存続し、近江商人により繁栄を極めた。近江商人は八幡堀の地の利を活かし、地場産物(畳表、蚊帳、米、酒など)を陸路や水路を利用して各地へ搬出し、各地の産物を持ち帰り、再び各地へ送り出すといった「諸国産物回し」と呼ばれる商法によって、各地の産業振興に貢献した。

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江戸時代には、近江商人(八幡商人)による町の発展に大きな役割を果たした。

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昭和になると、運河の機能を失った堀は、汚泥を掬い上げる「川ざわえ」が廃れ、川底にヘドロが堆積し、悪臭を放つようになった。
1970年(昭和45年)、地元自治会は堀の改修計画を市に陳情し、堀を埋め立てて公園と駐車場にする計画が立てられた。しかし、近江八幡青年会議所は堀を近江八幡の誇りとして蘇らせようと、改修計画の見直しを迫り、八幡堀復活を求めて署名運動・自主清掃活動を行った。
1975年(昭和50年)、「よみがえる近江八幡の会」が設立され、堀の保存修景運動は、市民全体の運動へと展開した。
そして、1976年(昭和51年)、堀の全面浚渫工事が着工され、1979年(昭和54年)に工事が完成した。

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石畳の小道に降りてみましょうか。

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自転車を押し歩きしながら進む(こういうところでは乗らないように)。

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最も堀のきわの小道は自転車を押しては無理ですな。

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下から堀を見ても良いね。

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「日牟礼八幡宮」の参道前の橋の所で、再び堀の土手へ上がる(下の写真)。

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橋から八幡堀を再び眺める。

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堀にかかる色づいた木々の枝(下の写真)。

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堀沿いには白壁の土蔵や旧家が建ち並び、「八幡伝統的建造物群保存地区」として「新町通り」「永原町通り」「日牟禮八幡宮境内地」とともに重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

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家の奥の戸を開ければ八幡堀・・・と言うわけですな。

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さて、「日牟礼八幡宮」に向かう。
途中に綺麗に黄色く色づいた大木(下の写真)。

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「日牟礼八幡宮」に到着(下の写真)。時刻は9:00。

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自転車を楼門の外に駐輪して境内へ(下の写真)。

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「日牟礼八幡宮」(公式HP→ここ
祭神は誉田別尊(ほんたわけのみこと)、息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)、比賣神(ひめかみ)の三柱。
古くから近江商人の信仰を集め、二大火祭の「左義長まつり」と「八幡まつり」は国の選択無形民俗文化財である。

鎮座の始め・・・
伝記によれば、131年、第13代成務天皇が高穴穂の宮に即位の折に、武内宿禰に命じ、現在のこの地に大嶋大神(地主神)を祀ったのが、社の鎮座の始めとされている。

社名の由来・・・
應神天皇6(275)年、天皇が近江に行幸した。その際奥津島神社に参詣し、還幸の折に宇津野々辺(社の近辺と見られる)にて少憩し、この地に御座所が設けられた。年を経た後、その御仮屋跡に日輪の形を2つ見るとの奇端があり、祠を建てて「日群之社八幡宮」と名付けた。持統天皇5(691)年には藤原不比等が参拝し、詠んだ和歌に因んで比牟礼社と改められた旨も伝えられている。
そもそも日牟礼社の社名は、日觸の転とする説があり、和珥・日觸使主に由来する。日觸使主を始めとする和珥氏は、應神天皇に深い縁故を有し、同族の櫟井氏とともに江州(=現在の滋賀県地方)土着の氏族である。古来わが国の各地に分布していた氏族の多くは、その祖神あるいは紙祇を奉祀していた。この一般例に鑑みると、当社は同族の人びとがその祖神を祀る斎場に、縁故深い八幡大神を合祀したものと考えられる。
(「公式HP」より抜粋)

「拝殿」(下の写真)。

鎌倉時代の初期文治元年(1188年)、源頼朝が近江の守護職・佐々木六角に命じて建立。その後何度か改修されている。

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「拝殿」の横の石段を登ると、真裏に「本殿」(下の写真)。

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ここまでのサイクリングの無事を感謝し、これからの道中の安全を祈願。

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本殿の横に「鏡池」が有る(下の写真)。

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嘘偽の心にて顔を水に写すと池に没すると伝えられている。落ちると嫌なので、自分の姿は写しませ~ん。アハハ(^^ゞ
池の後ろの大岩(下の写真)は「鏡岩」または「屏風岩」と呼ばれ、神座を護る岩とされている。

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「能舞台」が有る(下の写真)。

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薪能が毎年催されているそうだ。

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さて、日牟礼八幡宮から出、隣の「八幡山ロープウェイ」の公園前駅へ(下の写真)。時刻は9:07。これで八幡山(標高271.9m)を登り、山上に有る「瑞龍寺」へ向かうのだ。
自転車は日牟礼八幡宮の前に駐輪しっ放し。
(八幡山ロープウェイの公式HP→ここ
ちなみに・・・下の写真では“ロープウェー”になっていますな。本記事では“ロープウェイ”としておきます。

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10人強の乗客と共に出発。

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向こうに「八幡城址駅」が見えている(下の写真)。

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片道5分位のようだ。

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南の方角に、平地の中にぽっかりと浮かんで目立つ山が見える(上と下の写真)。

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この小山を基準にして見ていると、目線が高くなっていくのが分かるだろう。

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近江の街が広がっている。その向こうは田畑が広がっている。

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5分程で「八幡城址駅」に到着。
ロープウェイから降り、「瑞龍寺」への参道を進む。

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緑が残っているも、紅葉も散見される。

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この記事を投稿している一か月前の写真ですからね。タイムリーではないのですが、ご理解の程。

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参詣道の途中に「おねがい地蔵堂」が見える(下の写真)。

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紅葉している部分だけ写すと・・・綺麗ですな。

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染みるような赤。

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間近に見ると割と彩度の低い赤ですな。光との組み合わせによって上の写真のように鮮やかになるんですな。

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石段を登っていく。

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紅葉を眺めつつ。

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程無くして山門が見える(下の写真)。

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山門の上、青色の空に浮かぶ紅葉(下の写真)。

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山門をくぐり、またちょっと石段を登ると、本堂に到着(下の写真)。

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実はここを参拝するのは2回目。初めて参拝したのは・・・10年以上も前だったかな。

「瑞龍寺」
JR近江八幡駅の北西約3km、八幡山(271.9m)山頂にある八幡城本丸跡の寺院。日蓮宗。
安土・桃山時代に、豊臣秀次の母であり秀吉の姉である端龍院日秀尼公が、秀吉に自害させられた秀次の菩提のために、文禄5年(1596年)に京都の村雲(現在の今出川堀川)に創建した。そのため俗に、「村雲卸所」と呼ばれている。
のち、昭和37年(1962)に現在地に移された。日蓮宗では唯一の門跡寺院である。

門跡寺院であるせいか、本堂の瓦に菊の御門が刻まれている(下の写真)。

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拝観料を払って堂内へ(下の写真)。
本尊は一塔二尊四菩薩(釈迦牟尼仏)。

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本堂から奥へ。

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“妙法”という字を成すように石が置かれている庭(下の写真)。

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「宮御段 雲の間」(下の写真)。

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その奥に「仏間」(下の写真)。向かって左の厨子に日蓮聖人像、右の厨子に妙見大菩薩像が安置されているとのこと。

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さて、本堂に戻ってくると、一つあとのロープウェイの便で登ってこられた団体さんで本堂が混雑。巻き込まれないうちに(^_^;)下山しようということで、ロープウェイの駅へ戻る。

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発車時刻まで駅から下に広がる近江の町を眺める(下の写真)。

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この日は晩秋ながら比較的暖かいのだが、こういう日は白く靄がかかったようになって遠望は今ひとつなんだそうだ。本来ならば、広大な湖東の景色が一望とのこと。
ちょっと残念。

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それでも良い眺め(肉眼ではね)。

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おお!パノラマ模型を見ているようだ。

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町の外には広大な農地。

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北の方角には水郷地帯が見える(下の写真)。

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あとで、あそこの界隈、琵琶湖よし笛ロードを走ります。その前に上から見ておくと良いね。

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いい眺めだ。
でも写真は北寄りの方角のみでスイマセンな~。南寄りは逆光でカメラが危ういので・・・(^_^;)

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ロープウェイには僕以外に三人の親子連れと、中年ご夫婦で、全6名で降りる。
その様子を動画で・・・(下の動画二つ)。長いので二つに分けました。

さて、日牟礼八幡宮前に駐輪した自転車を回収。八幡堀方面へ戻る(下の写真)。

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なんとなく、ロープウェイに登る前よりも、麓は人が多くなっている感。時刻は10:00を回ったところで、観光客も増えただろう。
鳥居をくぐる(下の写真はくぐったあとで振り返って撮影)。

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道を挟んだ対面に「白雲館」(下の写真)。

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「白雲館」
明治10年(1877年)に旧八幡東小学校の校舎として建てられ、のちに八幡町役場や八幡信用組合などに使われたいたが、今は市に移管されて保存活用されている。
館内には、八幡の観光情報が得られる町なみ情報センター,物産展示コーナー,ギャラリー,多目的ホールなどが設けられており、観光客が一休みできる場所になっている。
白壁に黒瓦屋根、中央にバルコニー、その上の六角形の塔屋が美しい建物である。

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でも、僕はここをスルー。京街道と新町通りの交差点に有る、先刻は開館前のためにスルーした「近江八幡市立資料館」に向かう。
例の交差点に到着すると、2時間弱の間に観光客が結構大勢見受けられる。
さて、資料館は「郷土資料館」「歴史民俗資料館」「旧 伴家住宅」「旧 西川家住宅」の4つから成る。まずは「郷土資料館」へ(下の写真)。自転車は駐車場の脇に駐輪。
この建物、元は八幡警察署として建てられた洋館を改装したものとのこと。下の写真を見ると如何にもな感じだ。

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ここで4館の共通券を購入。中へ。
1階には近江八幡の産業関係の展示物(下の写真)。

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茶、醤油、石油、メンソレータム・・・か。お!自転車もか!ライコー自転車・・・。

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穴のたくさん空いた木製器具は、ボーロを作る道具のようだ。

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2階に上がる。

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生活用具関係か・・・。
下の写真の左上は「床置噴水」だそうです。床で噴水・・・(・。・

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上の写真の下段は提灯だそうです。左の小さい物は携帯提灯ですって。
考古学関係の物も陳列されている(下の写真)。

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下の写真は、弥生時代の腰掛。

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土器がたくさん。

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1階に降り、中庭を経由して「歴史民俗資料館」へ入る(下の写真)。

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近江商人たちの商家の小道具がたくさん陳列されている。

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化粧関係(下の写真)。

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盃とか・・・(下の写真)。

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下の写真のものは「携帯手あぶり」だそうです。

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京街道を挟んで対面に「旧 伴家住宅」が有る(下の写真は「郷土資料館」の2階から見たもの)。今度はそちらへ。

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下の写真は朝の開館前の時の写真。なので、門が閉まっています。

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今は開いている。

「扇屋」・伴庄右衛門
伴庄右衛門は江戸初期から活躍した近江商人の一人で、屋号を扇屋といい、主に畳表・蚊帳を商い豪商になった。五代目の伴庄右衛門資芳は隠居後京都で暮らし、剃髪して伴蒿蹊と称して国学の道に進んだ。
今に残る旧伴家住宅は七代目伴庄右衛門能尹が伴庄右衛門本家として文政10年(1827年)よち天保11年(1840年)の十数年をかけて建築したものである。明治時代になって当時の八幡町に譲渡してから小学校,役場,女学校と変遷した。その名残が門柱の看板や屋内の様子に現れている。戦後は図書館として使用されていたが、平成9年にその役目を終了。平成16年より資料館として使われるようになった。

中に入る。

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毎年3月に日牟礼八幡宮で行われる「左義長祭り」の「山車」が展示されている。

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たしかに学校の教室っぽい雰囲気(下の写真)。

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朝鮮街道沿いだけに、先ずは朝鮮関係の物が陳列。

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朝鮮使瓦人形(下の写真)。江戸後期の作

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朝鮮の白磁器(下の写真)。

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女性の使用した品々(下の写真)。

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引き出しを開けてください・・・って。なんか泥棒気分(^_^;)

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江戸に「大店」と呼ばれる店を開き活躍した近江商人たちは、妻子を郷里近江八幡に残して単身で出店をまわる商いを続けていた。そのため、残された妻達は主人のいない本家を切り盛りしていく役目を担っていた。
家をしっかり守り祖先を大事にすることは勿論のこと、精神的に豊かな生活を送ることも、商家の女性達にとっては大切なことであった。着物を丈夫に長持ちさせる工夫や、小袖を振り袖にするなどの知恵が、何代にもわたり受け継がれてきた衣類に反映されている。また着物を縫った後の切れ端や残り糸などを使い、美しい刺繍のされた「ゆびぬき」を作るなど、物を大切にし、無駄を省き、かつ色彩感覚を養えるような工夫をしてきた。

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これら細工袋,裁縫箱,手鞠も、こうした工夫から作られた品々である。

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朝鮮通信正使饗応再現料理(下の写真)。朝鮮通信使へ振る舞われた当時の献立が再現されている。熨斗(左上)→五々三(本膳)(右上)→二の膳(左下)→三の膳(右下)の順に出てくる。

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さて、資料館の最後に「旧 西川家住宅」へ(下の写真)。

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西川利右衛門家は、江戸時代から明治前半にかけて蚊帳や畳表を扱う「大文字屋」を営んだ。その後子孫が絶えたため、1706年築の主屋(国指定重要文化財)は市に寄贈され、現在は市立資料館の一部となっている。

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壁を黒く塗り、トガ材を使った京風建築の二階立て家屋は、どっしりとした構えで、江戸時代中期頃の建築と推定されている。

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玄関への路地を進む(下の写真)。

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玄関から土間へ入る。

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典型的な近江商家の面影を残すこの家は、店の部分と居住部分に分かれており、突き出した座敷玄関を持つのが特徴である。

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居住部分へ上がる。お邪魔しま~~す。

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手前が「中の間」(上の写真)。
奥へ進む。

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「寝間」(下の写真)。

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庭が見える(下の写真)。
見かけより奥行きが広く、庭に植えられた木々の周りに飛び石が巡らされ、地面には苔が美しく生えている。

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「次の間」(下の写真)。

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「座敷」(下の写真)。

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「座敷」から見える庭(下の写真)。綺麗ですな。
暫く座って眺めていたいところだが、観光客が多くて落ち着かないので、諦める・・・。

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「座敷玄関」(下の写真)。

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「座敷玄関」から見るもう一つの小さな庭(下の写真)。

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「茶室」(下の写真)。

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かつての店の部分は展示室になっている。

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江戸時代の「車長持」(下の写真)。

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帳簿関係がたくさん(下の写真)。

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旧 西川家住宅を出て、郷土資料館に駐輪していた自転車を回収。

時刻は10:55。
今日の前半戦、近江八幡・近江商人の町ポタリングはこれで終了。町並みを充分に味わえたし、資料館で色々見たし、満足。

さてさて、これから後半戦。「びわ湖よし笛ロード」のポタリングを始める。
先ずは、「八幡伝統的建造物群保存地区」から小幡通り、ぶーめらん通りを走って、近江八幡駅方面へ一旦戻る。
駅前近くで右折して県道48号に入り、白鳥川橋方面へ・・・(この間の写真は無し)。
暫くすると白鳥川にぶつかる。時刻は11:00頃。その橋の手前右岸から「びわ湖よし笛ロード」が始まる(下の写真)。全長25.4kmの自転車道だ。

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左を流れる白鳥川はまだ川幅が細い(下の写真)。

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自転車道だが、起点の白鳥川橋からちょっとの距離の間は、車が往来する。

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程無くして、路面が赤茶色の塗装された区間に入る(下の写真)。ここからが本当の歩行者・自転車道。ここから先はクルマが入ってはいけない。下の写真には写っていないが、右手に分岐する道が有り、住宅の間の小道になっている。先程までの区間はそちらとの間を行き来するためにクルマが通るのだ。

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フラットで伸びやかな道だ。

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道端に花が植えられている。

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こういったさりげないものが、癒しのポタリングを増長してくれる。

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ずっと向こうまで伸びているね~~。

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右手に広がる田畑の平地(下の写真)。向こうに見えているのは、先程登った八幡山だろう。

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途中で県道2号を横断(下の写真・・・横断後に振り返って撮影)。

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また、グ~~ンと伸びる自転車道。

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これはいいね~。ポタリングにうってつけ。

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琵琶湖畔まで伸びている筈だ。

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穏やかな気分。

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長閑な気分。

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右手の八幡山が随分近くなってきた(下の写真)。

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お!瑞龍寺の屋根が山頂に見える(下の写真)。

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ローディーは今のところ見かけない。彼らは琵琶湖一周のほうを選ぶんだろうな。

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僕は小径車でノンビリと・・・。

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しっかし・・・続くね~~。

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左手に川を流しながら進む。

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白鳥川の川幅はまだ狭いな。

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川に沿ってずっと先まで続きますな~。まだまだ琵琶湖は見えない。

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それでも、八幡山が後に見えるようになってきた(下の写真)。

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逆に右手前方に「長命寺山」が見えてきた(下の写真)。あとであそこに登るんです。

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白鳥川の川幅が少し広くなってきた(下の写真)。琵琶湖が近いな。

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すると、右折を促す道標(下の写真)。目の前の左右を県道25号が走っている。

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右折(下の写真)。

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県道25号の琵琶湖と反対側の歩道が「びわ湖よし笛ロード」になる(下の写真)。

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で、県道25号を挟んで、向こう側に琵琶湖(下の写真)。

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琵琶湖を見るのは何か久しぶりだな~~。
( ゜Д゜)ハッ!・・・思い返せば「琵琶湖一周サイクリング 2006.05.21」以来だよ~。4年半振りだ。あの日以来、来ていなかったのか~~。あの時は、この県道25号のこの付近では、「びわ湖よし笛ロード」とは反対側の歩道(あちらも自転車道)を走った記憶が有る。県道25号の車道の交通量が多かったし(この日も多いな~)、それに琵琶湖を見易かったからね~。それにしても何でそんなにも琵琶湖に近づかなかったんだろ~。また一周したくなっちゃうからかな~。・・・確かに、いつかまた一周したい。
話は戻って・・・・。今日は一周しませんよ~。

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「びわ湖よし笛ロード」を楽しみます。

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歩道だが歩行者はいない。しかし、この道幅で自転車道と併用するのはな~。
ちなみにこの界隈に来ると何度かローディーを見掛けるようになるが、車道走行か、反対側の湖近くの歩道兼自転車道を走っているかのいずれかで、こちらの歩道の「びわ湖よし笛ロード」を走っているローディーとは出くわさない。

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暫くすると、長命寺山のすぐ傍まで来る(下の写真)。

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長命寺川を渡る。下の写真は山側。

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下の写真は琵琶湖側。

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ここで一旦、「びわ湖よし笛ロード」から離れる。「長命寺」に立ち寄るためだ。
橋を渡り終えて、“C”から“B”へ左折。

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ただし、上の写真の黄色の矢印のように回り込む必要が有る。湖側を走っていれば一発で左折出来るけどね。
で、長命寺へ向かう(下の写真)。琵琶湖一周する人も、湖沿いになるこちらの道を走る。
実は、「琵琶湖一周サイクリング 2006.05.21」の時に、上の写真のト字路で、僕は直進しちゃったんです~~。この長命寺山麓を回る湖畔道路は、琵琶湖一周のなかでも奥琵琶湖に次ぐ快走&景観路だそうで、それを逃した次第。いつか走り直そうと思っていた。で、今日はそのチャンスだが・・・。

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行きません。長命寺の前までしか行きません(キッパリ)。今回はびわ湖よし笛ロードが主題なので、ちょっと外れてしまうから(←こだわる)。またいつか走る時も有るでしょう。その時までお預け(・・・あ~、でも一方、このあとずっと、「びわ湖よし笛ロード」を完全トレースするつもりではないんですけどね)。
さて、長命寺は山上に有るのだが、その前の麓に到着。山上までの参詣道は歩行者の石段と、幅員の狭い舗装林道の二つ。実は後者で登ることを挑戦しようと思っていたのだが、土砂崩れで通行止め。バリケードで塞がれている。ガードマンが立って見張りつつ、車の参詣者の駐車場の交通整理と案内をしている。そういうわけで、徒歩で石段を登ることにする。自転車を駐輪(ガードマンにここに停めるといいよ~って薦められたりして)。
で、日吉神社が有り・・・(下の写真)。

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その右手から石段が始まっている(下の写真)。ちなみに土砂崩れの舗装林道は、日吉神社の向かって左手に有る(写真は無し)。

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西国三十一番札所「長命寺」・・・・、その境内は808段の急な石段(下の写真)を登った先に有る。

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では、登りましょう。時刻は11:45頃。

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実は長命寺には10年以上前に参拝したことが有る。西国三十三カ所巡りとしてだ。その時はインフルエンザで何日か会社を休んだ後の週末の日曜日で、病み上がりに登ってしまった。翌月曜日には出社するつもりでいたので、また体調を崩したらマズイな・・・と思いつつ登った記憶が有る。
犬も登っている(下の写真)。

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舗装路をクルマで登って楽をするよりも、自らの足で登ることにありがたみが有るというものだな。もっとも僕は自転車で登ろうとしていたわけで、そっちでも・・・いやそちらのほうが辛かったかも。小径車だし、たぶん石段を歩いて登ったほうが楽かも(ある意味通行止めで救われたか・・?(^_^;))

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下の写真の地点はまだ半分位かな。

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まだ続くよ~~。下の写真を見ると・・・長いな~~。

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少し見栄を張ってサクサクと登る。おじさん、おばさんや子ども達をどんどん抜かして・・・(←無駄な見栄)

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山門に到着(下の写真)。
見栄を張って頑張ったせいか、額から汗が滴り落ちてくる状態(^_^;)

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山門をくぐっても、まだちょっとだけ石段を登る(下の写真)。

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本堂の脇に出る(下の写真)。

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「本堂」と「三重塔」(下の写真)。下の写真の男性が立っている辺りが、本尊の正面付近に当たる。

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階段を登り終え、境内に出る(下の写真)。下の写真の建物が本堂で、その側面。

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本堂に入って参拝。

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ここまでの無事と、これからの道中の安全を祈願。

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「長命寺」
天台宗系単立。山号は姨綺耶山(いきやさん)。西国三十三ヶ所第三十一番札所。聖徳太子の開基と伝える。
伝承によれば、第12代景行天皇の時代に、武内宿禰がこの地で柳の木に「寿命長遠諸願成就」と彫り長寿を祈願した。このため宿禰は300歳の長命を保ったと伝えられる。その後、聖徳太子がこの地に赴いた際、宿禰が祈願した際に彫った文字を発見したという。これに感銘を受けてながめていると白髪の老人が現れ、その木で仏像を彫りこの地に安置するよう告げた。太子は早速、十一面観音を彫りこの地に安置した。太子は宿禰の長寿にあやかり、当寺を長命寺と名付けたと伝えられている。その名の通り、参拝すると長生きすると言い伝えられている。
実際の創建年次や創建の事情については未詳である。
中世の長命寺は比叡山(延暦寺)西塔の別院としての地位を保ち、近江守護佐々木氏の崇敬と庇護を受けて栄えていた。しかし、永正13年(1516年)、佐々木氏と伊庭氏の対立による兵火により伽藍は全焼。現存する堂宇は室町時代から近世初期にかけて再建されたものである。

本堂(重要文化財)
入母屋造、檜皮葺き。桁行7間・梁間6間の和様仏堂である(ここでいう「間」は長さの単位ではなく、柱間の数を意味する)。寺の文書から室町時代・大永4年(1524年)の建立と判明する。手前の奥行3間分を外陣、後方の奥行3間分を内陣及び後陣とする。内陣須弥壇中央には秘仏本尊を安置する厨子を置き、厨子外の向かって左に毘沙門天立像(重要文化財)、右に不動明王立像が立つ。厨子も堂と同時代の造営で、重要文化財の附(つけたり)指定となっている。

本堂の隣に見事な三重塔が建っている(下の写真)。

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三重塔(重要文化財)
本堂の東方、やや小高くなったところに建つ。高欄擬宝珠銘から慶長2年(1597年)の建立と判明する。こけら葺きで全面丹塗(にぬり)とする。和様の一般的な三重塔であるが、初重の両脇間に連子窓を設けず板壁とすること、初重に和様には珍しく腰貫を用いる点が特色である。初重内部は須弥壇を設け、胎蔵界大日如来像(桃山時代)と四天王像(鎌倉時代)を安置する。大日如来像は像底の銘から天正17年(1589年)、七条大仏師康住とその子の大弐の作とわかる。

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本堂の西方には、写真手前より「三仏堂」、「護法権現社拝殿」、「鐘楼」が並んでいる(下の写真)。

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三仏堂(下の写真)
本堂のすぐ西側に建つ。入母屋造、檜皮葺き、丹塗の堂。永禄年間(16世紀半ば)頃の建立と推定されるが、江戸時代の寛政5年(1793年)に改造されている。堂内に釈迦・阿弥陀・薬師の三仏(いずれも立像)を安置する。

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鐘楼(下の写真)まで登るのは・・・パスします(^^ゞ

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境内からは琵琶湖が見えるのだが、写真には上手く写せませんでした~(-_-;)(下の写真)。

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肉眼ではそれなりに見える。
時刻は12:00近い。なので、琵琶湖を眺めながら軽く補給食タイム。

さて、一休みしたら、長命寺をあとにし、石段を下る。
自転車を回収し、再び県道25号の分岐まで戻り(湖畔の道(これも県道25号)はあえて行かない)、長命寺川沿いの県道25号に入る(下の写真)。

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しかしすぐに左の側道へ(下の写真)。実は右も左も県道25号。ちなみに長命寺山西麓~北麓の湖畔道路も県道25号。県道ナンバーだけで説明すると分かりにくいので、兎に角、ここは左の側道へ。ちなみに、「びわ湖よし笛ロード」は右の県道25号線本線(本線と言っていいのか??だが)の歩道と併用されている。つまり、「びわ湖よし笛ロード」から一旦離れる次第。

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なぜならば、上の写真の右の道よりも、下の写真のこちらの道のほうが長閑で気持ち良いから。

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広がる田畑。

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真っ直ぐに伸びる道。

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クルマの往来は少ない。なお、路線バスは通る。

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どう?良い道でしょ?
もっとも、県道25号本線は長命寺川が右手に見えるので、良い道かもしれないけど・・・。
更に、湖畔沿いの県道25号のほうがもっと良いんでしょうけど・・・。

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ま、とにかく、この快走路を進む。

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途中で、「よし笛」の碑が有る(下の写真)。

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程無くして「渡合橋北詰」に出る(下の写真)。

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僕は“C”から来た。“B”⇔“D”が県道25号本線で交通量が多い。
「びわ湖よし笛ロード」は、“D”の歩道から“A”の歩道へ繋がる。
ここで「びわ湖よし笛ロード」に再合流。県道25号を渡り(上と下の写真の黄色の矢印)、県道26号に入る。

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下の写真は県道25号から来た「びわ湖よし笛ロード」。

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で、渡合橋を渡る(下の写真)。

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下の写真は長命寺川下流方面の眺め。

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下の写真は反対の上流方面。「西の湖」に繋がっている。

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「びわ湖よし笛ロード」も、その「西の湖」のほうへ向かうんですけどね~。

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県道26号の歩道が「びわ湖よし笛ロード」に指定されている。
フラットな快走路だ。勿論歩道でもあるので、ゆっくりと走っていますが・・・。

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ちょくちょく自転車道から離れて・・・・(下の写真)。

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水郷地帯を眺める(下の写真)。葦が生えていますな。

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ここからまさに“真の”よし笛ロードが始まるのだろう。
水郷めぐりの舟も出ている(下の写真の左手は船着き場)。

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再び県道26号歩道の自転車道に戻る(下の写真)。

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水郷の他に、左手に畑が広がる。

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焼いている・・・。

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歩道との併用だが、案外と走り易いな。

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田園風景の眺めも良いし。

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ちょくちょく自転車道から外れ・・・(下の写真)。

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田園風景の中に入り込んでみる。

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葦のすぐ近くを走ったり・・・。

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葦の背は高いな。

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で、また自転車道に戻る。

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・・・みたいなことを繰り返しながら少しずつ進む。

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そのまま普通に自転車道を走っていたら、もっとすんなり先に行けるんですけどね~。ついつい寄り道しちゃうんですな。

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程無くして、県道26号と自転車道は分かれる(下の写真)。

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道標通りに曲がると、県道の歩道との併用区間は終了し、歩行者自転車専用道路になる(上の写真の下段)。

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葦が辺りにたくさん。

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水郷地帯のど真ん中に入っていこうとしている次第。

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おお~~、いい道だ。

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葦~~。

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ここはロードバイクの練習をするようなタイプの自転車道ではない感じだ。ノンビリ・ポタリング向けだな。

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ローディーも何台か見かけたが、流しているだけか、ポタリングをしているようだ。

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思っていたよりも断然良いな~。
走る前は無粋な自転車道を想像していたのだが、それは全く違うな。

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水郷を進む観光の舟(下の写真)。

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橋の下をくぐったりして・・・。なんかあれも良さそう。

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自転車道の脇で写生をしている方もいる(下の写真)。

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なんか、トータルでいい雰囲気の自転車道だ。

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水郷地帯の周りを巡って進む。

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長命寺山が向こうに見える(下の写真)。

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近江八幡の水郷(おうみはちまんのすいごう)は、日本の滋賀県近江八幡市に位置する、「西の湖」を中心とした水郷景観である。琵琶湖国定公園第2種特別地域である。
2004年(平成16年)の文化財保護法改正により創設された重要文化的景観制度の第一号として、2006年(平成18年)に国の選定を受けた。現在、公有水面・葦地・集落・農地・里山を含む約354.0ヘクタールが「近江八幡の水郷」として選定地域となっている。

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長閑な自転車道が続く。

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右手は広大な農地(下の写真)。

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紅葉の並木道か・・・。

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フラットな自転車道が続く。
左手の水郷も良いが、右手も広大な田園風景も良いよ(下の写真)。もっとも、地肌が見えているけどね・・・。

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葦の群生の真ん中に一本の木(下の写真)。目立つな。

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近江八幡市は滋賀県中央部の平野に位置し、市域の北東部に広がる西の湖は、ヨシ原特有の湿地生態系を示している。近江八幡市の周辺は古くから琵琶湖の東西交通を支えた拠点の一つとして栄え、天正13年(西暦1585年)には豊臣秀次が八幡山城の麓に城下町を開き、西の湖を経て琵琶湖に至る八幡堀を開削した。楽市楽座などの自由な商工業政策が行われ、八幡堀沿いの街は廃城以後も在郷町として発達した。八幡堀沿いの街は舟運で結びついて旧城下町と一体的に展開し、現在の市街地の骨格となった。
(「近江八幡市HP/重要文化的景観」より抜粋)

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江戸日本橋で近江商人が取引した商品には、「近江表(おうみおもて)」「近江上布(おうみじょうふ)」など湿生植物を原料とするものが数多く含まれていた。「西の湖」の北岸に面する円山の集落は近江商人が築いた流通経路を通じて市場を拡大し、ヨシの産地として広く知られるようになった。円山(まるやま)の集落では現在もヨシ加工による簾(すだれ)や葭簀(よしず)をはじめとする高級夏用建具の製造が行われており、製造業者の数は減少したものの「ヨシ地焼き」などの種々の作業は従来の手法を留めている。「近江八幡の水郷」は、西の湖やその周辺に展開するヨシ原などの自然環境が、ヨシ産業などの生業や内湖と共生する地域住民の生活と深く結びついて発展した文化的景観である。
(「近江八幡市HP/重要文化的景観」より抜粋)

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水郷の上を橋で渡る。

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春~夏だと、葦の群生は濃い緑に染まるのでしょう。晩秋は薄茶色の色合いに染まっている。

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先程の紅葉の並木道が見える。

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まだ続くぞ~♪

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なんかリラックス出来るね~。

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葦が群生するすぐ傍をも走る(下の写真)。

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田畑や葦の間を縫うように進んでいく。

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「西の湖」湖畔に入った。

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赤錆びたパイプラインがちょと無粋ですが・・・(-_-;)

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左手に広がる「西の湖」。

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広いな~。

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多くの内湖は明治時代以降に干拓され、現在残っている大きなものは「西の湖」だけになっている。「西の湖」周辺には葦原特有の湿地生態系が残されているが、干拓や圃場整備による湿地生態系の衰退や景観の改変が危惧されている。

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そうですか・・・残していって欲しいものですな~。

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この自転車道もね。

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「西の湖」が背後に・・・(下の写真)。

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そろそろメインの水郷地帯から離れるのかな?

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いや、まだまだ~。

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もっと見てって~、って感じ。

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実はもうこの辺りは安土町のようだ。いつの間にか近江八幡市から出たみたい。
下の写真は右手の風景。安土町の町の方角。

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左手の「西の湖」(下の写真)。

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「西の湖」って結構大きいな。
ところで、ここでは真珠の養殖もやっているそうだ。

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クネクネ道~。

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そして、ついに「西の湖」ともお別れ。メインの水郷地帯区間は終わり。
住宅の間の道の歩道が自転車道指定になる(下の写真)。

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一般道の県道511号の歩道との併用区間に突入。歩道に赤茶色の塗装がされているので、ここも「びわ湖よし笛ロード」だと分かる(下の写真)。

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だがこの先に分かりにくい交差点が有る。安土郵便局前の交差点だ(下の写真)。
僕は“D”から来たのだが、「びわ湖よし笛ロード」は対角線側の角へ渡り、“A”の方角に向かうのだ(下の写真の黄色の矢印)。

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歩道の赤茶色の塗装は無くなっている(上の写真の下段と下の写真)。案内の道標が無かったら、スルーして“B”へ直進しちゃいそうだ。

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安土も近江八幡と同じく観光名所。見所がたくさん。自転車道から外れれば、たくさんの観光スポットが有る。
・・・が、今回はスルー。見所が多過ぎて、全部回っていると時間がかかる。安土はまた別途、ポタリングしよう。そう言えば、来年の大河ドラマの「江」の所縁の地として安土が注目されそうだから、その前か、その後だな。
赤茶色の塗装が復活する(下の写真)。だいぶ剥げているけどね。

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県道199号の起点の交差点で右折(下の写真)。

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JR線のほうへ向かって伸びやかな道が続いている(下の写真)。県道201号上にいる。

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車道はJR線の上を越える(上の写真の左下)。歩道兼自転車道は、下をくぐる(上の写真の右下)。ここは素直に“くぐる”ほうへ。
くぐると、下の写真の向こうの交差点で左折。

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下の写真は、横断歩道を渡って左折したところ。

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引き続き歩道との併用区間(上と下の写真)。
「繖(きぬがさ)山」(下の写真の山)に向かって進む。

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真っ直ぐな道が伸びている。

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グングン進む。

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繖山の近くまで来た。あの山の上にも名刹が有るのだが(参拝したことは有る)、時間の都合上今回はスルー。

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麓で左折(下の写真)。

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左折した所に有る東屋で休憩(下の写真)。時刻は13:50頃。

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軽く休んだら、再出発。

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公園内の敷地の様な道になる。

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ここは「文芸の郷」や「近江風土記の丘」が道沿いに有る。

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その中を進むように自転車道が伸びている。勿論これら観光スポットもスルーして、またいずれということで・・・。

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先のほうに軽く登り坂が見えますな(下の写真)。

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「繖山」の傍だからな。ちょっとくらい登り坂があっても良いだろう。

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JR琵琶湖線の上を通過(下の写真)。

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程無くして県道2号と合流(下の写真)。

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丁度そこで東近江市に入る(下の写真)。

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自転車道にも市町村境を示す道標(下の写真)。安土町から東近江市に突入。

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県道2号を横断(下の写真)。

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「繖山」を背に下る。

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下り終えると・・・。

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歩道と併用の区間。

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斜め背後に繖山(下の写真)。

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ひたすら自転車道を進む。

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歩道との併用だけど、歩行者とは出くわさないな。

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歩いてどこかに行くような距離でもないだろうしな。この界隈に住んでいたら足はクルマになるだろう。

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こんな広大な田園地帯を通るのだから・・・・(下の写真)。

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赤茶色の塗装を目印に進む。

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左手に広大な田園。

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それを流しながら、ひたすら進む。

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程無くして県道256号に入る(下の写真)。その歩道が自転車道指定。

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爽快路が伸びている。

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程無くして県道526号とは離れる(下の写真)。

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左手に田園風景。この時期でも栽培されている農作物で、畑は緑色。

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何を栽培しているのかな?

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ひたすら自転車道を進む。

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ずっと先まで・・・。

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車道を挟んで対岸に「伊庭内湖」(下の写真)。

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葦の群生が復活!

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程無くして「能登川水車とカヌーランド」に到着(下の写真)。時刻は14:30。

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ここは水車が有名だが、下の写真の建物は「水車資料館」。

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小さな堀川の向こうに・・・(下の写真の向こう)、

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水車だ。

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能登川水車~♪♪

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デカイな・・・。

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直径は13m。関西一の大水車だそうだ。

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ここ旧能登川町は水に恵まれた地で、河川の清流を活用した水車を設置し、精米,製粉等に利用してきたそうだ。

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しかし、時代の流れとともに水車の姿を目にすることが少なくなり・・・、そこで、伊庭内湖にこの大水車と水車資料館を復活させたというのが、この「能登川水車とカヌーランド」なのだそうだ。

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色々な角度から写してみる。

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どの位の回転速度なのかは、下の動画をご覧くださいな~。

初代大水車の軸が飾ってある(下の写真)。何回か改修されているんだろう。

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目の前には「伊庭内湖」が広がる(下の写真)。

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湖東の水郷地帯の北端と言えるな。

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対岸にも葦が群生している。

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湖上にいるのはおそらく鴨でしょう。

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ところで葦・・・、「ヨシ」という名は「アシ」が「悪し」に通じるのを忌んで、逆の意味の「良し」と言い替えたのが定着したものだそうだ。
関東では「アシ」、関西では「ヨシ」が一般的だそうだ。

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上記は、この記事を書くために調べていて初めて知った。今まで全く知りませんでした~(^^ゞ
僕は元々関東人だが、「アシ」だけではなく、「ヨシ」も「アシ」も両方耳にしている言葉だったので、別の植物かと思っていた。

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暫くブラブラしたので、自転車道に戻りますか~。時刻は14:50。

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「伊庭内湖」から大同川左岸の道を琵琶湖方面に進む(下の写真)。

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真っ直ぐな道が伸びている。

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実は、びわ湖よし笛ロードは大同川沿いではなく、「乙女橋」を渡って伊庭内湖を半周し、対岸の県道52号へ繋がるのだが、道が気持ち良いのでそのまま大同川左岸の道で適当な所まで行くことにする。
右手の対岸との距離からして、湖と言うよりももう川と言えるだろう(下の写真)。大同川になったな。

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左手には広大な農地(下の写真)。

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その間を伸びる快走路。背後に見えるのは繖山かな(下の写真)。

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ず~~~っと向こうまで続いている(下の写真)。こういう道を見るとつられてどんどん行っちゃうよね。

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暫く走っていると、「大同川水門橋」に到着(下の写真)。この辺りで大同川を渡るか・・・(下の写真の黄色の矢印)。

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水門に造られた橋と言うわけだな。

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左手は大同川下流で、琵琶湖方面(下の写真)。向こうに見えるのは「水車橋」だろう。

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道なりに進んでいく。「草の根広場」(下の写真の右手にチラリと見えている広場)前を通過。

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県道52号の方角(北東)を目指す。下の写真の左に白いクルマが写っているだろう。あの辺りで左右に走っている道が県道52号のようだ。

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そのまますぐに県道52号には出ず、下の写真の様な田畑の間の農道を使いましょう。
上の写真の田んぼの隅に「はなのみち」と書かれた小さな立て札が挿してある。
ならば、JR能登川駅の方角と県道52号を意識しながら、「はなのみち」を進もう。

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ノンビリと田畑の間の舗装路を走る。
程無くして、県道52号に合流(下の写真)。

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クルマがそこそこ走っている。ノーヘルでもあるし、ここは歩道(自転車走行可)走行でエスケープ。
田んぼのど真ん中を真っ直ぐに突っ切る道だ。

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はっきりと車道とは区切られた歩道(上の写真や下の写真のような歩道)が殆どだが、無くなる区間も有る。そういう区間は勿論潔く車道走行。まぁ、ノーヘルの車道走行って不安なんだけど、仕方ないな・・・。

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暫くすると、右手(“B”)から来る「びわ湖よし笛ロード」と再合流(下の写真)。案外と再合流するまでに時間がかかったな~。「能登川水車」「伊庭内湖」から素直に「びわ湖よし笛ロード」を走っていたら、今頃はもうJR能登川駅近くまで来ていたかも。

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僕は“C”から来たわけで、“B”⇔“A”が「びわ湖よし笛ロード」。合流して“A”へ向かう。
再び赤茶色塗装の歩道になる。

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県道52号の歩道と自転車道の併用区間と言うわけだな。
ずっと向こうまで伸びていますな。

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暫くすると・・・唐突に「びわ湖よし笛ロード」の終点に到着(下の写真)。時刻は15:35頃。

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県道52号の「スポーツセンター前」という交差点だ。だいたい自転車道の起点・終点って、な~んか地味な場合が多いが、ここも例外ではなく、何でもない交差点が終点になっている。だから周りの写真を殆ど撮らずに、上の写真の黄色の矢印のように、サッサと渡ってしまった。そして右折。
右折した先の道(下の写真)を少し進む。

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最初に左手に現れる道へ左折。能登川スポーツセンターと総合情報文化センターの間の道だ(下の写真)。この道をひたすらまっすぐ進めば、JR能登川駅に着く筈だ。

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そして・・・その通り、JR能登川駅に到着(下の写真)。ここでゴール。時刻は15:45頃。

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夕方になる直前位の時刻か・・・。まぁ、この位で止めておくのが丁度良いでしょう。

20101121ride_396s 自転車を輪行袋にパッキング。
あとは、以下のようにして大阪市内へ。

近江八幡   
|  JR琵琶湖線・快速(網干行)   
|  15:56-16:36
| (↑実際はダイヤ大幅遅れ)
| (右の写真)
京都
|  JR京都線(西明石行)   
| (ダイヤ遅れ)
吹田

が、上記のように、ダイヤが乱れて遅れに遅れる。近江八幡駅に数分遅れで到着した上に、草津駅では、遅れているJR草津線との接続連絡待ちで何分か余計に停車・・・。さらに京都駅付近で人が線路内を歩いているとのことで、大津駅手前辺りからスローペース&停車状態。17:00近くになって京都駅に到着。京都駅ホームには人が一杯。そのまま快速列車に乗っていると、乗客でいっぱいになった車中の輪行になりそうだったので、京都駅で普通列車に乗り換え(いずれにしても吹田駅は普通しか停車しない)。現に快速列車はかなり混んで京都駅を出発していった。普通列車もそれ程混んでおらず、とりあえず無事に吹田駅に到着。・・・まったく、線路内に降りるなよ~(-゛-メ)。迷惑だ!

で、吹田駅で自転車を組み立て、数km程走って無事に帰宅。時刻は17:50。

こうして、近江八幡の町並みと「びわ湖よし笛ロード」を楽しむポタリングを終えたわけだが、前半の近江商人の旧家の町並みを巡るポタリングは、早朝に巡ったことで、その佇まいを充分に味わうことが出来た。静かで落ち着いている時間だけに、その雰囲気を助長してくれたのだろう。瑞龍寺までロープウェイで往復したのも良いアクセントになったし、全体として上手くスケジューリング出来たと思う。
後半の「びわ湖よし笛ロード」も満足。特に水郷地帯はノンビリとポタリングするには最高だ。関西の自転車道の中ではトータルでかなり良いレベルだと思う。野球場やサッカー場のようなグランドが併設されていないので、一般歩道との共有区間以外では歩行者と出会う可能性が低い。クルマが横断することも無い。特に水郷地帯の辺りは生活道路として使うルートでもないので、歩行者やママチャリとは殆ど出くわさない。ただし、白鳥川沿いの区間は若干そういう使われ方もしているかな・・・?一般歩道との共有区間も段差が少なく、比較的走り易い方だろう。ロードバイクで練習する人達は、殆ど琵琶湖一周ルートを使うので、この自転車道で練習することは殆どなさそうだ。そういう“如何にもな”ローディーは見かけなかった。あと、長命寺の参拝も良いアクセントになったな。長い石段もいい塩梅の疲れ具合だった。

そういうわけで、近江八幡とびわ湖よし笛ロードのポタリング・・・満足でした~。
(それにしても・・・投稿するまで1ヶ月も放っておいて、紅葉の写真が時期外れになってしまったな~(^^ゞ)
 

コース概略/自宅→JR京都線・吹田駅~(輪行)~京都駅・JR琵琶湖線~(輪行)~近江八幡駅→県道502(ぶーめらん通り)→新町通→出町通→仲屋町→魚屋町→新町→八幡堀川沿い→白雲橋→日牟礼八幡宮~(徒歩)~公園前駅・八幡山ロープーウェイ・八幡城址駅~(徒歩)~瑞龍寺(村雲御所)~(徒歩)~八幡城址駅・八幡山ロープーウェイ・公園前駅→白雲橋→近江八幡市立資料館(郷土資料館→歴史民俗資料館→旧伴家住宅→旧西川家住宅)→京街道→新町通→県道502(ぶーめらん通り)→県道48→白鳥川橋→近江八幡安土能登川自転車道(びわ湖よし笛ロード)→県道25→長命寺→県道25→県道26→渡合橋→近江八幡安土能登川自転車道(びわ湖よし笛ロード)→県道511(びわ湖よし笛ロード)→安土郵便局前→県道201(びわ湖よし笛ロード)→県道198(びわ湖よし笛ロード)→近江八幡安土能登川自転車道(びわ湖よし笛ロード)→県道526(びわ湖よし笛ロード)→近江八幡安土能登川自転車道(びわ湖よし笛ロード)→能登川水車とカヌーランド→大同川左岸→大同川水門橋→県道52→県道52(びわ湖よし笛ロード)→能登川スポーツセンター前→山路町町道→林町町道→JR琵琶湖線・能登川駅~(輪行)~京都駅・JR京都線~(輪行)~吹田駅→自宅
(地図→クリックしてください (拡大可。青色のラインが走った所))

走行距離/50.39km
走行時間/3hr24min
平均速度/14.86km/hr
最高速度/36.34km/hr
Small Bike積算距離/1658km
全Bike積算距離/19865km

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Comments

よし笛ロード行かれたのですね。
私はさらっと流しただけでしたので、次回はじっくり回ってみようと思います。
ここはファミリーでサイクリングにもいいところなので、みんなで行こうと思います。

« 投稿: angiras6  2010年12月21日 (火) 06時57分

こんにちは。すばらしい写真と動画。自転車お好きなんですね。まったく次元が違いますが、私も名古屋市内なら大体自転車で移動します。ママチャリですが・・・。(≧∇≦)

私、まったく無知なんですが、「ポタリング」って何ですか?暴走?そんな訳ないか〜!( ´艸`)プププ

サイトの背景がクリスマスバージョンでステキですね。(*゚▽゚)ノ

« 投稿: チャワン  2010年12月21日 (火) 16時09分

angiras6さん>
確かに、よし笛ロードはまさにファミリー向けに良いでしょうね。
気楽に安心してノンビリと走れる自転車道だと思いました。

« 投稿: Katze  2010年12月21日 (火) 22時34分

チャワンさん>
名古屋市内もポタリングしてみたい所がたくさん有りますので行ったみたいです~。名古屋城,熱田神宮,大須観音等々・・・。

そのポタリング(pottering)の意味ですが、
自転車でノンビリ・ブラブラと走る、自転車版“散歩”みたいなものです。サイクリングのスタイルの一種です。

今週末まで背景はクリスマス仕様です。函館の赤レンガ倉庫です。

« 投稿: Katze  2010年12月21日 (火) 22時41分

こんばんは!ブログの更新、待ってましたよ!
滋賀県は近江八幡に行ってきたのですね(≧∇≦)
私も今年8月と11月に行ってきました。
近江商人発祥の地であり、昔の町並みがそのまま残っていて、風情がありとてもいいところですよね。紅葉もとても綺麗で、天気も良く、正にポタリング日和・・。
日牟禮八幡宮の前にある洋菓子屋さんのCLUB HARIE(クラブハリエ)があったと思いますが、そこのバームクーヘンはとても美味しくて有名ですよ。
Katzeさんも機会があれば是非食べてみて下さい。

« 投稿: サムライ  2010年12月22日 (水) 02時27分

サムライさん>
あ~、そう言えば、CLUB HARIEだと思われる店が何となく記憶に有ります。またいつかあの界隈に行った時に、立ち寄ってみます。

既に今年2回も行かれたんですか~。たしかにリピートしたくなる町ですね。

« 投稿: Katze  2010年12月22日 (水) 19時02分

江戸時代を思わせる古い民家いいですね~。
資料館の古い道具も面白いです。
この前のサイクリング記事にもありましたが、自分が生まれる前の道具とか家の造りってすごく気になります。

紅葉もとても綺麗。
紅葉の季節はもう終わってしまいましたが、来年また綺麗な紅葉を見られることでしょう(^-^)

あ、アシはヨシとも言うんですか~。
そういえば果物の梨も忌み言葉で無しになるので「有りの実」というそうです。

« 投稿: MariRose  2010年12月22日 (水) 21時39分

MariRoseさん>
日本の昔の文化を見るのも大人の散歩って感じで良いものです。

「有りの実」っていう言い方は全く知りませんでした~。
なるほど~。
日本語・日本人の縁起にこだわる面が出ていますね。

« 投稿: Katze  2010年12月23日 (木) 08時37分

 






 

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